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【転載】時間は諸刃の剣

 27, 2010 06:15
2010/1/27(水)

IMG_1931.jpg


ひさびさに、身体の痛みが出た。

今回は、左半身の腰上から首まで。一日中思うように身体が動かせません。(汗)
なので、右半身のみが、自由に動かせる。
なかなか楽な体勢がとてないから不自由だけど、これも何かの調整だろうって感じ。
動きたくても動けないので、安静にしてた。

ちょっと前に、下記の新着メッセージを見つけ、「待つ」という時間について書かれて
いたので、多くの人が経験することだし転載させてもらいました。

本当に、”平穏”の生活を送れることは、これだけでも感謝に与えします。

選択に、良いも悪いもないけれど、、、、。
「変化」を許して、プロセスにまかせて、結局は、失うものも無いのを知り、より幻想を
実感し、自分がどんどん軽く、楽になっていくんだー。という事を、本当に心から知って
ほしいなって思う。 恐れることは、本当にない。 安心して。 本当に通り過ぎれば喜びだし。

先へ進むことを望んでる方は、プロセス中、是非、、、
自分の中で、何か言い訳や、マインドの自我(エゴ)の声が出てきて(見つけて)
それが恐れからくる【抵抗】であると気付いたなら。
       ↓
一度受け入れて、判断なしに手放して。
       ↓
声に出して「わたしは、変わりたい!」と言ってみよー。

何度もくるかもしれないけど、それも”しつけ”だと思って諦めないでね!!

この時期だし、ただ「変化を受諾」(時には行動)すると、自動的にプロセス
が開始され抵抗しなければ、きっとうまくいきますよっ。 

ミカエルも「すべてうまくいってると知って、通り抜けてください」って言ってたしね。

そして、いずれは”不安””恐れ”のないところへ来ることなので、恐れずに、勇気
をもって多くの魂が超えてくることを祈ってる。

聖母マリアのメッセージでは、これから二ヶ月、早道の機会のウィンドウがあるって
あったよね。 これって、いいじゃーん。恩恵だよねー。 今がチャーンス!!

と言うことで、、、。

朝になってしまいました。 これから少し寝ようー。

*  *  *


[mixi]Arrived Energy On Earthより
Time is two edged sword.
24 January 2010 - 6:34pm | ZenGaian
Channeler: John Smallman

http://lightworkers.org/channeling/98143/time-two-edged-sword


「時間は諸刃の剣」

「待つ」ということは、人にとってあまり楽しいものではありません。
幻影を構築して、それに没頭するより、永遠の荘厳さを体感しましょう。
そこにはただ「今」が在るのみで、「待つ」ということは存在しないのです。


時間は諸刃の剣です。
時間は終わりなきものであるはずの「永遠の今」を「いっときだけのはかないもの」
に見せかけ、うまく隠してまう幻影のひとつです。

人は過ぎ去りし時と経験を思い出し、また未来を夢見て想像することができますが、
あなたの今における経験は、楽しんでいるとつかの間のように感じ、
辛く苦しいときは、永遠にも感じられます。
実のところ、それらはいわゆる”執着”の仕業です。


仏陀が説いたように、執着を手放し、時間に明確な結果や成果を
必要とするのをやめれば、苦しみや不安から楽になるでしょう。
あなたは、喜びや苦しみ、退屈といったものをその後も体験するでしょうが、
その感情に固執したり、逃げようとしたりすることは無くなるでしょう。
それらの感情は、いずれ過ぎ去り、他の感覚に移り行くものだと知っていることで、
安らぎを得ることが出来るのです。

時間という幻影の中では、諸行無常・・・
とどまるものは無く、すべてが移り変わって行きます。


もしあなたが手放せずにいるなら…たとえば怒りを手放せずにいるならば、
本来楽しめるはずの喜ばしい感覚にも、気づかずに過ごしてしまい、
更に怒りを激しくしかねません。
そのような状況下では、楽しむ能力が遮断されてしまっているかのようです。
楽しいという感覚にしがみついて、それが続くようにと努めることもまた「執着」であり、
喜びを灰のごとく壊して、イライラに変え、苦しみを生み出すことになります。

幻影はただただ展開されゆくもの。
コントロールすることはできません。
しかしあなたは、そんな幻影に巻き込まれ、それらを継続させようと努めてしまいます。
そういった行為は、時に良いものに思われ、一見満足のいく成果を得られることもありますが、
逆もまた真なり…
ここで戸惑いや、どんでん返しが起こります。
まるで、ルールに倣い、規則に従っていくと、全てがうまくいかないかのように!
予想だにしない事態、予測不可能な出来事が起こって、当初の期待は覆されてしまいます。

期待を手放すためには、平穏を感じ、平穏に満足することが重要です。
望みや欲求を感じるのは正常なことです。
しかし、「明確な成果や確かな成果が得られなければ、幸せになれない」
という思い込み--そのうち、特に無意識の思い込み--がある限り、
あなたの心が平穏になることはないでしょう。

平穏というのは自然な状態です。

多くの人がよく陥りがちなことですが、平穏でない時というのは、
コントロールできない結果に固執している時なのです。
容易なことではありませんが、正直に自分の執着を分析するならば、
その殆どが、素敵なことを求めるというよりは、より正しくありたい、より優れていたいという
「不安に基づいた欲求」であることに気づくでしょう。

しかし私たちは皆、唯一の存在です。
誰がより優れていて、誰が正しいなんてことはなく、ただ違いがあるだけです。
違いがあるのは素敵なことで、あって然るべきです。
幻影の中で私たちは、「良い・悪い」、「敵・味方」に区別し、分離しなくてはならないと、
頑なに信じ込んでいます

そして、敵側がいかに間違っていて、神(そして我々)に背いており、正され裁かれ、
自分たちの手で然るべく罰せられなくてはならないか…
なんてことを証明しようと躍起になっています。
そして敵を打ち負かして勝利したとき、全てがうまくいくと思いきや・・・
そんなことは決してありえません。


人生をなすがままに任せて手放し、あらがうことなく、人生がもたらしてくれるレッスンを学びましょう。
一歩一歩が平穏へのステップです。

まるで冷たい水に浸って、水が少しずつ温まり、しまいに水とあなたが
完全に同じ温度になって、どこまでが自分でどこからが水なのか、
もう分らなくなるまで学ぶ-というレッスンを受けているようなものです。
そして水と一体になった時、完全なる平穏と満たされた状態になるでしょう。

これはシンプルなたとえ話です。
幻影に夢中になっている間は、いくら慰めたとしても、
完全なるコンシャスネスへと覚醒した時に体験するであろう、
無限の平穏という感覚を、一部たりとも、見出すことはできないものです。
それでもいずれは、必ず(覚醒へと)到達するのです!


たくさんの愛をこめて サウル



-えむりあ さん訳

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