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【動かされる】

 23, 2009 18:43
2009/9/23(水)晴れ-秋分の日

IMG_1631.jpg

世の中では、シルバーウィークの最終日だったね。
もう、祝日も関係なくなり、TVも点けないとよく分からなくなっている。

20日の夜は、お約束のKさんへヒーリングをさせて頂く日だった。
ヒーリングをする際にこんなにワクワクし、自分も準備を整え、行える
というのは初めてだったかもしれない。

時間は、自分でも驚くほどあっと言う間に過ぎ、マインドではもう少しと思うの
だけど、ハートでは、ほぼ30分で完了をしめしていたので従った。
始める前には、好転反応で、辛くならないよう、最善の状態で、導管として行える
ようお願いした。

Kさんには、寝る時間に合わせ、そのまま眠ってしまってもいいよう、リラックス
して横になってもらうようにした。

Kさん曰く、懐かしいようなエネルギーの中でウトウトし、翌朝の目覚めは爽やかで、
元気に過ごせたようで、安心した。

私のほうが、翌日は、エネルギー調整か、だるく、頭が少々病んでいたので、
横になったりしていた。 もしかすると、体自体が揺らがなくなるようになるためには
もう少し時間が要するのかも知れない。
恐れなく、完全に揺らがなくなるためには体得あるのみ。 
ぷ~の時期、いつでも体に合わせて過ごせるので、ありがたい日々だ。

昨日、体も復活し、yohamは特に何も示さないし、一人では、どうも特別行きたい
と思えるようなところも浮かばなかった。
数人の懐かしい仲間の顔が浮かんでいた。

あっ、そうだ。Mちゃんに電話しよう。元職場の同期だった子だった。
メールで仕事を辞めることは伝えてあったし、彼女もどうしているか、、、。

早速、電話してみると、急だったから声かけなかったけれど、これから、Hさんと
いう人と待ち合わせしているとの事。よかったら「おいでよ!」との事。
ちょうど、こんど「○○さんと一緒に会おうと話していたから丁度いい。」と。

待ち合わせ時間までには45分しかなかったけれど、今日は、こういう日なんだ。
とばかり急いで支度をした。
動かされるというのは、こういうタイミングでくるんだよね。

待ち合わせ場所で、Hさんとは、元職場の研修の時に、話は殆どしなかった
けれど、数日顔は合わせていたので、初対面ではない。

で、さっそく彼女が言ったのは、「さあ、占いに行こう!」だった。
私は後からの参加だったので、その経緯をあるきながら聞いた。

ふ~ん、、、そうか、、彼女の流れからして、それもありなのかも。
と思えたので、私は、終わるまで待っていようと思っていた。
なんか最近フジテレビの「くちこみっ!」と言うので、やってたらしい。
その中で”ラヴィアン蓉子 ”さんのが、すごく驚きの内容だったとか。

で、早速むかってみると、、長蛇の列かと思っていたら、やけに空いていた。
そこに男性スタッフが現れ、張り紙をしめし、予約はネットで行うとの事。
毎日1万アクセス以上あり、予約は直ぐに埋まるとの説明を受けた。

彼女は、「ガクっ」と肩を落としたが、この方の出会いと促されているなら
予約も取れるさ~。と、、、。

気を取り直し、お茶をして、そのあとは「しゃぶしゃぶ」を食べてきた。
大人独身女3人の会話だったけど、、、最初は、会話になじむまで、自分
の世界とのギャップを感じていた。

でも、世の中の今多くの人が感じていることを、そして行き詰まった
感覚、迷い、不安などの多くを感じた。

Mちゃんが、言った。
「だいたいにして、占いの予約に1万以上のアクセスがある事自体
病んでる証拠だ。」

その通りなんだよな。と思った。 まっ、その過半数以上は恋愛問題かも
知れないけど??

目を覚ませって思ったところで、それは、今現在も、そして今後の変化で
起こってくるのだろうし、、、。

なんとなく、、、帰りに、多くの人は、何を求め、なにを探しているのか、
迷ってしまって見えないこと、そして教えられてきた信念体系のために
行き詰まってしまって。

なんて、、わかってたことだし自分もそうだったけど、、、。
それも学びでもあるし、自ら探し求めて光と化していくことだしね。
あくまでも、その手伝いをするだけなんだよな~と。

そんな事を、しみじみ感じていた。
しかし、そんな中でもたくさん笑ったし、楽しい時間がもてた。

家に戻り、気分がちょっと切り替えられず、Gちゃんに電話した。
先日のアセンション選択後は、どうしたか?と思って。

本来の自己に委ねきると、なんとも安らぎだと。自分もそうだから
ほんとうに分かる。昨夜のあったことを話していたら、また久しぶり
にセンサーが暴れ始めた。

「あ~、わたし三次元のことに入りすぎたようだよ。訴えてる。
頭ではわかっているから切り替えの選択もしたっていうのに、、、苦笑」

「体で教えてくれるんだからいいしょ。」

「まあね。」

こういう時は、さっさと寝たもん勝ち。

*  *  *

今日起きてからは、とくに何もないけど、昨夜のことが過ぎった。

最近はあまりなかったけど、自分の話したことが、理解できたのだろうか?
とか、もっと、違う表現があっただろうかと少し気になっていたのかも。

自然に出てきているのだからyoham(真の自己)を信じて、あとは何を
どう受け取ろうと受け取り手の問題ってことも、もうすでに分かっているのに
なんかスッキリしない自分のほうが理解できなかった。

って、そんなことも大したことでもないとも思う。
わたしは、ただ光を届けるだけ。それでいいんだ。

出かける前は、こんな何もしないでいいのだろうか、、、とちょっと頭をかすめた
後だったから、出かけるのが決まったときは嬉しかった。

「来た~!」って感じで。

で、かえってきたら、何だかいつものように何もしなくても安らかで、幸せ
っていうのともちょっと違って、ちょっと真剣になっちゃった感じ?
わたしは、三次元に捉われる必要もなく、自分のしかるべき場所にだた居て
意識を保っているだけでいい。
あとは、必要なときに、ちゃんと動かされ、指示を受け取り行動。

ちゃんと、わかってんのよ~。

*  *  *

おととい、昨夜の「OSHO禅タロット」

OSHOのカード、ほんと何気に、気付かされたりするんだよね。お役立ちツール。

最近の唯一の遊び?
最近は、みたことないカードが多い。

【参加】
あなたは、夜が去っていくのを見たことがあるかね? 毎日起こっているものごとにさえ気づく人びとは、ごくわずかしかいない。あなたは夕闇がやって来るのを見たことがあるかね? 真夜中とその歌を? 日の出とその美しさを? 私たちはほとんど目が見えない人たちのように振るまっている。こんなに美しい世界にいながら、私たちは自分たちの惨めさという小さな池で生きている。その池にはなじみがある。だから、誰かがあなたを引き上げたいと思っても、あなたは逆らう。あなたは自分の惨めさから、自分の苦しみから引き出されたくないのだ。さもなければ、まわりじゅうにひじょうに多くの喜びがある。あなたはただそれに気づき、観客ではなく参加者になればいいだけだ。
哲学は空論、禅は参加することだ。夜が去っていくのに参加するがいい、夕闇がやって来るのに参加するがいい、星たちに参加し、雲たちに参加するがいい。参加することをあなたのライフスタイルにすれば、全存在が素晴らしい喜び、素晴らしいエクスタシーになる。
より良い宇宙など、あなたは夢にも思っていなかったはずだ。

Osho Zen: The Miracle Chapter 2

解説:
このマンダラの人物はそれぞれ左の手のひらを受け取る姿勢で上に向け、右の手のひらを与える姿勢で下に向けています。このサークル全体が途方もないエネルギー・フィールドを創りだし、二重の"ドルジェ"、稲妻を表わすチベットのシンボルの形を取っています。マンダラは、ブッダのまわりに形づくられるエネルギー・フィールドにあるような質をもっています。そのエネルギー・フィールドでは、統合され活気に満ちた全体を創造するために、サークルの一端を担っている個人全員が、それぞれ独自な貢献をしています。それは、花の各部分を合わせたよりも花全体のほうがさらに美しいと同時に、個々の花びらの美しさをも強めている、そういう花に似ています。ほかの人たちといっしょに参加し、個人それぞれが独りで成し遂げられるものよりもっと大きく、もっと美しいなにかを創造することに貢献する機会が、今あなたに訪れています。あなたが参加すれば、それはあなた自身をはぐくむだけでなく、全体に対して貴重ななにかを貢献することにもなるのです。

そうか、個人独りで成し遂げられるものより大きく、もっと美しいなにかを創造できるのであれば、ありがたいな。

でも、、、、なにっ???


【ガイダンス】
あなたがガイダンスを求めなければならないのは、自分の内なるガイドは自分の内側に隠されていることを知らないからだ。あなたはその内なるガイドを見つけださなければならない。それこそ、あなたの観照と私が呼ぶものだ。
それこそ、あなたの"ダルマ"と私が呼ぶものだ。それこそ、あなたにもともと内在するブッダと私が呼ぶものだ。
あなたはそのブッダを目覚めさせなければならない。そうすれば、あなたの生は祝福を、恩恵を降らせるようになる。
あなたの生は善きことで、神々しさで、素晴らしく輝きを放つようになる。あなたの想像をはるかに超えて——。
それはほとんど光のようだ。あなたの部屋は暗い。ちょっと光を持ち込むがいい。小さな蝋燭(ろうそく) ですら役に立つ。
それで暗闇全体が消える。そして、いったん蝋燭を手にしたら、どこに扉があるのかわかる。「扉はどこだろう?」と考えなくていい。扉はどこだろうと考えるのは、目の見えない人たちだけだ。目のある人たちは、光がそこにあるのだから、考えたりしない。「扉はどこだろう」と、一度でも考えたことがあるかね? あなたはただ起き上がって、出ていくだけだ。どこに扉があるのか、少しも考えない。扉を探して手さぐりしはじめたり、壁に頭をぶつけだしたりしない。あなたはただ見るだけだ。そして、思考のかすかな動きすらない。あなたはただ出ていくだけだ。

Osho God is Dead: Now Zen is the Only Living Truth Chapter 7

解説:
このカードの虹色の翼をもつ天使の像は、私たちひとりひとりが内側に宿しているガイドを表わしています。このガイドがやって来ても、私たちは背後にいる二番目の人物のように、少し信頼が欠けてしまうことが時々あります。それは、私たちが内側からではなく外側からきっかけをつかむことに慣れてしまっているからです。あなた自身のもっとも深い実存の真理が、まさに今どこに行けばいいのかをあなたに示そうとしています。そして、このカードが現われたときは、あなたは与えられている内なるガイダンスを信頼することを意味しています。それは囁くように話しかけ、時として私たちは、正しく理解したかどうかわからずに、躊躇してしまうこともあります。それでも、示されていることははっきりしています。内なるガイドに従うことで、あなたはもっと全体的な感じが、もっと統合された感じがしてきます。まるで自分の実存の中心そのものから外に向かって動いているかのように——。もし、あなたがそれと共に進んだら、この光線が、あなたの行く必要のあるところへ正確に連れていってくれるでしょう。


↑、、、その通りだ~。yoham(真の自己)に繋がっていれば、大丈夫。


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