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【夢】のはなし

 18, 2009 23:38
2009/8/18(火)曇り時々晴れ

IMG_1563.jpg

いきなりですが、、、。

最近、ちょこちょこお目見えしますが、、このOSHO禅タロット

ブラックジョークか!!!脅しか!!!(笑)

先日のチャネリングのメッセージから、多少、、、緊張と恐れは
出たものの、、、ま、、うまく意識を切り替えながら、、ようやく内側でも安定を保持し
つつ過ごしていたのにな。


思わず、、、この↓のメッセージで笑ってしまいました。



【勇気】

種子には、この先なにが起こることになるのか知ることはできない。種子は花のことなどこれまで一度も知らなかった。そして、自分が美しい花になる力を秘めていることなど、種子には信じることすらできない。旅は長く、道はわからず、なにひとつ保証はないのだから、旅に出ないほうが安全なのは決まっている。保証はなにひとつありえないのだ。旅の危難は数限りなく、落し穴はいくらでもある ——が、種子は硬い核のなかに秘められて安全だ。だが、種子は試みる、努力する。安全だった硬い殻を落とし、種子は動きはじめる。すぐに戦いがはじまる——土との、石との、岩との格闘。しかも、種子はひじょうに硬いが、芽はとてもとても柔らかく、危険はいくらでもある。
種子には危険はない。種子は千年も生き永らえることができただろう。だが、芽には多くの危険が待ち受けている。だが、芽は未知なるものへと、太陽へと、光の源へと、どこともわからないまま、なぜかもわからないまま、進みはじめる。背負う十字架は大きい。だが、種子は夢にとり憑かれ、進んでいく。
人間にとっても道は同じだ。容易ではない。多くの勇気が必要になる。

Osho Dang Dang Doko Dang Chapter 4

解説:
このカードが示しているのは、昼の光へと出ていく道の途中で、岩や石の挑戦を受けている小さな野の花です。明るい金色の光のオーラに包まれて、その小さな自己の尊厳をさらしています。恥じることもなく、野の花は、もっとも明るい太陽にも匹敵します。ひじょうに困難な状況に直面したとき、私たちには選択の余地があります。腹を立て、苛酷な運命をほかのせいにするために、なにか人かものごとを見つけようとすることもできますし、その挑戦を正面から受け止めて、成長することもできます。この花は、その道を私たちに示しています。生への自らの情熱によって暗闇から抜け出し、光へと導かれていくのですから——。生のいくつもの挑戦に抵抗したり、その挑戦を避けたり拒絶しようとしたりしても、なんの意味もありません。それはそこにあり、そして、もし種子が花になることになっているのであれば、私たちはそれを通り抜けなければならないのです。もともとなるべき花へと成長していけるだけの勇気をもちましょう。


【稲妻】

瞑想では、ゆっくり、ゆっくりとすることを、弟子がなにか問いをたずねている状況のなかでの、マスターの予期せぬ素晴らしい一喝——マスターは跳びかかって一喝する、あるいは弟子を打つ、あるいは扉から放り出す、あるいは弟子の上に飛び乗る……。こうした技法はまったく知られていなかった。それはまぎれもなく馬祖(ばそ) のひじょうに創造性豊かな天賦の才によるもので、彼は多くの人びとに光明を得させた。
ときには、それはとても愉快なものに見える。彼は、なにに瞑想したらいいのかたずねるために来ていた人を二階の窓から放り出した。さらに馬祖は、放り出しただけでなく、その後を追って飛び降り、その人の上に落ち、その胸の上に坐り込んで、「分かったか?!」と言ったのだ。かわいそうなその人は「はい」と言った——「いいえ」などと言おうものなら、殴られるかなにかされるに違いないからだ。もう充分だ——からだの骨が折れているというのに、馬祖は胸の上に腰をおろして、「わかったか?!」と言っているのだ。
が、事実、その人はわかっていた。あまりにも突然で、青天の霹靂(へきれき) だったからだ——そんなことは考えてもいなかった。

Osho Isan: No Footprints in the Blue Sky Chapter 4

解説:
このカードは、燃やされ、壊され、粉々に吹き飛ばされた塔を示しています。塔から男性と女性が飛び降りていますが、彼らはそうしたいから飛び降りているのではなく、ほかにどうしようもないからです。その背後の透明な、瞑想している人物は、醒めて見ている意識を表わしています。あなたはまさに今、まるで大地が足元で揺れ動いているかのように、とても動揺しているに違いありません。安全というあなたの感覚が挑戦を受け、しがみつけるものならなんにでもしがみつこうという気になるのも無理はありません。しかし、この内なる地震は必要で、また、とても重要です——。もしそれを許したら、あなたは残骸から立ち現われ、もっと強くなり、もっと新しい体験をすることができるようになります。大火の後、大地は再び豊かになり、嵐の後、空気は澄みわたります。その破壊を、まるで誰か別の人に起こっていることでもあるかのように、超然として見守ろうとしてみましょう。それを途中まで出迎え、そのプロセスに「イエス」と言いましょう。



逃げも隠れもしないってば!!!(爆)

そうだ、何があっても結局、飛び降りるしかないのはわかってるさ。

「わたしには、出来る!!」←呪文か?(笑)

*  *  *

て、ほんとに、いきなり「何だ」っていう始まりですが、、、。
なので、あれからは、割りに静かな日々を過ごしていました。

あれから、先日のミカエルのメッセージを感じながら過ごしてます。

ただ、昨夜のことですが、、寝る寸前に、

「夢だって、自分で決めれるはずだよな~。」って思って、
以前もそんなことを言って、理想の夢を見れた試しはない、、、。(笑)
たとえ、意図していた夢(意識)の旅をしていたとしても、思い出せない
だけかも知れないけどね。

仕事も忙しく、ちょっとと疲れていたせいか、
「シャーンブラサービスセンター」「天使のスパ」森林、小川、とにかく
リトリートを意図した。

なのに、、、、行った先は、映画の「奇跡の輝き」のように、

いわゆるひと言でいうなら【地獄】のようなところだった。

今思うに、多分、ほんの一部を見せてくれたのだと思う。

それは、とても、自分では想像のつかない絵だった。
それは、人間ともいえないような姿だったし、光景だった。

最初はどこか分からなかった。

夢の中の自分が、

「これは夢???」

「こんな光景など、想像もつかないものだよ。私が創ったものじゃない。」

「この光景はなに?あれは人なの?」

その内に、その光景には捉われることはなかった。
とても、冷静に客観的に見ていた。 ひどい光景にも思えるけど、
恐ろしくはなかった。

欲望、虐待、、う~ん、その光景は言葉では言い表せないな。

私が眠りについて、たった1時間半くらいの間で見た光景で、多分、私は、

「なぜ、あんなことしてるの?」という疑問をもったように感じる。

すると、質問が終わるか否かの間に答えが戻ってきた。


「リアルすぎるドラマ、、、出られないと思っている」

「自分には価値がないという意識」


私は、とても冷静だったけど、この答えを受け取ったあと

なんという幻想だろう。と思えた。空しい幻想だと心から思えた。

自分には価値がないという意識が、このような世界をつくり
だしてしまうのか、、、、。


この夢のあと、、自然に目が覚めた。すぐにメモを残した。

昨夜のこの夢だけが、別の次元だった。

上のあるもの下にあり?

そして、、、、あれ?私が意図したリトリート、、、、。の夢???

全く違うじゃん!!。まったく、、、、。

でも、、、何か、、、この世界を見る必要があったんだな、、、と思った。

たった一部分、断片を垣間見ただけだろうけど、、、

多くの魂が、この幻想に気付き、自分の価値を認めたのなら、
まったく世界も変わるんだろうな。


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