FC2ブログ

これからの展開【深い恐れ③】-10

 12, 2009 21:03
☆↓今日8/12(水)のブログの始めはこちらから。
これからの展開【深い恐れ①】-8
これからの展開【深い恐れ②】-9から

IMG_1553.jpg

*  *  *

この下のカードや数字のサインが、すごくてね。

昨日の気付きに至るまでの間は、ドラマとかゲームなどの事についても
感じていたんだけど、しっかりカードに現れていてね。

8/10(月)のカード↓には、はっきり【ゲーム】の事が書かれているの。(驚)

解説は難しいけど、なんとなく分かる。 たら~。(汗)って感じだった。

OSHO禅カード

今日の一枚

【投影】※全カード

解説:
このカードの男性と女性は顔を合わせてはいますが、それでも、互いに相手をはっきりと見ることはできません。自分の心のなかに作りあげたイメージを投影し合い、自分が見ている相手のほんとうの顔を覆い隠しています。私たちはみな、自分で作った映画をまわりの状況や人びとに映し出すことに熱中してしまいかねません。それは、私たちが自分の期待、欲望、そして評価によく気づいていないときに起こります。私たちはその責任を自分でとり、それを認めるのではなく、他人のせいにしようとします。その投影は極悪なものであろうと神聖なものであろうと、不穏なものであろうと安心感をいだかせるものであろうと、投影であることに変わりはありません。現実をあるがままに見るのを妨げる雲なのです。そこから抜け出す唯一の道は、そのゲームをはっきりと見抜くことです。他人を評価していることに気づいたら、振り返ってみましょう。あなたが相手のなかに見ているものは、ほんとうにあなた自身のものですか? あなたの視界は澄んでいますか? 自分が見たいと思っているもので曇ってはいませんか?

上記のは、「ドラマ」や「ゲーム」を見分けるのって?と感じていた
時に引いたもの。

確かに、自分の中に何もなければ、ゲームには巻き込まれなかったと思う。
は~、そのゲームはたとえ神聖なものや、安心感をいだかせるものでさえ、、、か。
何も、苦しいとか悲しいとかばかりじゃないんだね。

確かに、ただただ充足感の中にいるときは、何も必要ないのだから。
そうかもな。  けど見抜くって難しいよね。

書かれているように、スクリーンに映しだされるものが、たったひとつのメールや
神聖な体験に思える、チャネリングのようなものでも、私の中にあった期待や
評価などに基づいていたのかも知れない。

でもね、それでもこの体験は、全く後悔はしていないな。
なんだか、思いっきりドラマ&ゲーム体験したことが、無意識に抑えて
きたことを出させてくれて、気が済んだっていうのもあるのかも。

昔ね、バレエを習ってて、自分の意志でやめたのだけど、結婚し子育てしていたら
自分のことは、全て後回しって感じで、そんな余裕なんて無かったし。

あるときから、毎日のようにバレエを踊る夢を見るようになった時期があってね。
また踊りたかったんだね。きっと。思い残しがあったんだよ。どっかにね。

子供が小学校へ入ったころ、ちょうど、昔の習っていた先生が、割りに近くの
市まで教えに来ていて、その時に子供を連れて二回ほど、仕事から帰って
から行ったのね、レッスン受けに。そりゃ久しぶりで筋肉痛にはなるし、
体は痛かったけれど、楽しかった。その後、仕事が忙しくなっていって、レッスンには
行けなくなったんだけど、しかもたった二回のレッスンで終了。

すっかり気が済んだみたいで、夢を見なくなった。


そんな体験をしていた。 人って何かを抑えているってあるよね。
親だから、大人だから、男だから、女だから、、、色々な立場でね。
そんなの当たり前だったことが、いつの間にか解放を求めている場合
があったりね。

私の場合、手放していったことでプロセスがどんどん進んでいって、あるときには、
自分の認識以上(自覚が追いつかず)に、抜けていったことから、自分探しをやっ
てる場合じゃないとかもう、そこにはいられないのだからとか、手放したんだから、
また抱えてどうするとか。
どこかに抑えてきたことがあったのではないか、、、ってね。
確かに、デセンションのような感じもあるけど、時には必要なときもあるよね。

だから、昨日、思いっきり手放せたって気もするんだよ。
そりゃ昔のドラマは二度としたくないよ。
これは、後からの残ったもののゲーム。思う存分しました。ってね。

て、わたしのは極端だけどね。

「思い残しなしっ!!!」みたいな。(爆)

良い悪いはないよね。 そのデセンションのような体験だったとしても、後から
ずっと、抜け出せるキッカケになることもあるんだから。

他の人の体験(経験)を奪わないことってこういうことなのかもね。
表面に見えることだけじゃないもんね。

そして、何に恐れて【抑えて】いたのか。
間違うことの恐れ。これもかなり古い時代の感じである。深いところに。
裁きとかさ。

注:だからと言って、わたしは私のやり方だから。(笑)
  何度もいうけど、私を信じないでね。
  今だから、できたってことかも知れないし。日々変化はするし。
  みなさんは、自分のやり方で、自分の感じるままに。

そして、もう一枚がこれだった。↓ 


【沈黙】※大アルカナ

全体なるもののエネルギーが、あなたを乗っ取っている。
あなたは乗っ取られているのだ。もはやあなたはなく、全体がある。この瞬間、沈黙があなたに浸透していくにつれて、あなたはその沈黙の意義を理解できるようになる。というのも、それはゴータマ・ブッダが体験したのと同じ沈黙だからだ。それは同じ沈黙だ。荘子(そうし) や菩提達磨(ボーディダルマ) や南泉(なんせん)が……。その沈黙の味は同じだ。
時代は変わる、世界は変化しつづける。だが、沈黙の体験、その喜びは、変わらず同じままだ。それこそが頼りになる唯一のもの、けっして死ぬことのない唯一のものだ。
それこそが、あなたの実存そのものといっていい唯一のものだ。

Osho Zen: The Diamond Thunderbolt Chapter 1

解説:
満月の、満天に星の輝く夜、その沈黙した鏡のような受容性が、霧の立ちこめた下の湖に映っています。深い瞑想に入っている空(そら) の顔は、深み、平和、そして理解をもたらす夜の女神です。今はまさに貴重な時です。内側で休むこと、自分の内なる沈黙の深みを宇宙の沈黙と出会うポイントまで垂直に下ろしていくことは、あなたにとって簡単なことでしょう。することはなにもなく、行くところもなく、あなたの内なる沈黙の質はあなたがするすべてのことに浸透しています。それが、ある人たちを落ち着かなくさせることもきっとあるでしょう。その人たちは世間のあらゆる雑音や活動に慣れてしまっているからです。気にすることはありません。あなたの沈黙と響き合うことのできる人たちを探すか、あるいは、独りあることを楽しめばいいのです。今こそあなた自身に帰る時です。こうした瞬間にあなたのところにやって来る理解と洞察は、後になって、あなたの生がもっと外に向かっている時期に、形として現われてきます。



で、8/11(火)に↓気付きに至ったあとのサインだけど。

数字のサインがさ、普段ならぞろ目に目がいったり、11:11や12:12、144などだけど、

昨日は、「37」「17」の組み合わせが目に飛び込んでくるわけ。

帰ってきて調べると、、、


[mixi]数字は天使からのメッセージより

【3と7のコンビネーション、373,337など】
アセンデッドマスターは喜んでいます。あなたの内なる神聖さが見えるだけでなく、あなたが選択した道に賛成しているのです。彼らはあなたには幸福を手にする価値があると知って欲しいのです。そしてあなたの神聖な伝統と選んだ道から来る聖なる至福があなたに流れいるのにまかせるように言っています。

【1と7のコンビネーション(117、771など)】
これはあなたのやっていることは素晴らしいということを確認するものです。あなたは適切な道にいます。ですから歩き続けてください。これはあなたが自分の思考をうまく選択したと言うしるしであり、自分の目的にさらにしっかりと集中すべきであるということです。あなたの思考にはそれに適した感情を加えてください。例をあげるなら、あなたの人生の中にある贈り物に感謝を感じることです。感謝の気持は、あなたの人生の具現化のプロセスを早めてくれます。


そして、今日は、「36」「38」「77」とか。

【3と6のコンビネーション、363,336など】
あなたのアセンデッドマスターが、あなたの神聖な人生の使命のために必要な物資的なものを具現化する手助けをしています。それが学費であろうと、あなたが何かを教えたり、ヒーリングの教えの場であろうと、彼らはそれをあなたにもたらそうと働いています。彼らはあなたが彼らの手助けを受け取るに値することを知って欲しいのです。なぜならそうすることであなたがより他の人に与えることができるようになるからです

【3と8のコンビネーション、383,338など】
「進み続けなさい」とマスターが言っています。あなたのエネルギーと思考やフィーリングに対する集中力を高めてください。あなたのものの見方を神やすべての人々、すべての命と一つであるという見方に調整してください。


って具合で、、、。

昨夜のOSHO禅タロットも、、、

【開花】
禅は、あなたに生きることを望んでいる。豊かに生きること、全面的に生きること、強烈に生きること、キリスト教が望んでいるように最小限ではなく、最大限に、あふれ出るように。
あなたの生は他の人たちに届かなければならない。あなたの至福、あなたの祝福、あなたのエクスタシーは、種のようにあなたの内側に包み込まれたままではいけない。それは花のように開き、その芳香をあらゆるものたちに広めるべきだ。―友人だけではなく、見知らぬ人たちにも。
これがほんとうの慈悲だ、これがほんとうの愛だ。自分の光明(エンライトンメント) を分かち合うこと、彼方なるものの、あなたのダンスを分かち合うことだ。

解説:
「虹のクイーン」は、その開花と色彩が極致に達したファンタスティックな植物のようです。彼女はとてもセクシャルで、活き活きとし、可能性に満ちています。愛の音楽に合わせて指をはじき、黄道十二宮のサインをかたどったネックレスを“ヴィーナス”がハートの上にくるようにして掛けています。衣のたもとには種がたくさん入っていて、風が吹くと播き散らされ、どこかに根を下ろすことでしょう。その種が土の上に降りるのか、それとも岩の上なのか、彼女は気にしていません。生と愛の純然たる祝祭から、その種をあらゆるところに広めているだけなのです。上からは彼女自身の開花と協和して花が降り注ぎ、彼女が坐っている花の下では感情の水が楽しげに渦を巻いています。まさに今、あらゆるところから祝福が降り注ぎ、あなたは花園のように感じているはずです。蜂たちを迎え入れ、鳥たちを招待して、あなたの甘露を飲ませてあげましょう。分かち合うために、あなたの歓びをまわり中に広めましょう。  


*  *  *

こんな感じで、わたしはこれでいいんだと感じてる。

何だか、いろいろな要素も含まれた体験のようにも思うけど。

「どうでもいい」を、しばらく気楽に楽しんでいようと思う。

そして、喉がだいぶ楽になってきたんですよ。

やっぱり、抑えていた部分【深い恐れ】なんでしょうか?

とにかく【自然体】で【感じるままに】、、、

わたしはわたしのままで。


スポンサーサイト



COMMENT 0

WHAT'S NEW?