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【愛(光)】しかない。

 16, 2009 23:59
2009/3/16(月)晴れ

IMG_1257.jpg

今日も暖かく、少しずつ桜の花がついてきたね。

*  *  *

3/14(土)のブログで私は最後に、ある気付きに至った。

それは、アセンション(魂の進化)=愛の本質を知る(体験)ための探求。

答えは、たったそれだけだった。
「知ってるよ~。それくらい。」って言う人も中にはいるかも知れない。
でも、この深い、、、そしてこのシンプルな事を理解するために、私たちは
気の遠くなるような旅を続けてきたのだ。

この答えに腑に落ちた時は、なんて「二元性」はステキな事だったのだろう。
これまでの体験は、本当に素晴らしい事だった。 光と闇を体験することは。
この地球という実験の場所で得た体験とは、何て壮大な事だったのだろう。
と心から実感できたのだった。
※実際には、過去世の部分はまだ思い出していないけど、でも今生だけ
の体験であってもそう感じるのだ。

これこそが、神=大いなる存在の最初疑問、「私は誰?」からなる答えではないだろうか。
崇高なる愛そのもの。それが私たちの本質なのだ。

それを知るために、この旅を続けている。

そして、私が気付いた後、その【気付きの】裏づけと思えるような事
が待っていた。

今日、アップしようと思えたのは、この気付きから、昨夜、、、そして
仕事から帰ってきて、先ほどまでの流れから「書かなきゃ!」と思った。

*  *  *

前回のブログから。

『これまでの体験が、どのように気付きを与えてきたのか、何を探求してき
たのか。そして、その様々な体験が方向性を与えてくれていたギフトであった
ことなどが見えてくる。

そして、体験から色々な「問い」が生まれ、探求を続けていたように思う。
でも、気付いてみると、あっちこっちと情熱はどこか、役割はあれか?
なんだかんだと色々壁にぶつかっていたように思うけど、結局はこんなに
シンプルで、これを知るために探求してたのか。。。と少々気付いて。。。
愕然。

このプロセスに見えてくるのは、やはり最後はとっても単純・シンプル。
何故気付かなかったのか。。。いや、ミカエルの本にもそしてクツミも言って
いたのだけど、その時は気付かないのだ。ほんとうに腑におちるまで、、、』


私は、ここ最近、、、色々感じるものの、、、何か堂々巡りのようにスッキリ
した【何か】を見つけられなかった。
そして、先日のブログを書いている途中で何度も、トバイアスの言葉を感じては
中断し、また感じた。ミカエルに「何だろう?」何か分かるようで分からない。
とつぶやきながら理解を求めてた。

その間も、過去の様々な体験が、映し出されては、何年も遡っていった。
人は苦い体験、辛い体験、時には自分を恥じるような体験を持っている。
その中でも何ヶ所か、鮮明に思い描いていた。
それは苦い体験、いや恥じる体験とも言えるかも知れない。

ある親戚を助けたかった。
でも、家族の強烈な反対に、自分が屈したのだった。
その時から、何年も自分の身を守ったことが悔やまれて後悔し恥じた。
でも、その時に誓った。
たとえ自分の命の引換えだったとしも、自分の身を守り自分の正義や
自分が正しいと思うことに屈するのはやめよう。

その後も、もちろん試された。そのようにして、強く、そして「愛」を知り
そして、また次のレベルへ押し上げてくれる。
愛といっても、様々な形がある。

愛によって時に、「許す」こと「勇気」だったり「沈黙」だったり
本当に様々な形があった。

それがときに、「おせっかい」となって「愛」の変形で「エゴ」だったときも
数多くある。(笑)

だから、過去をいろいろ思い出したときに、全てが「愛を知る(体験)」ためのレッ
スンだったと気付いた。

その愛を知る体験は、日常生活でどこにでもある。家庭でも会社でも。
それは、様々な人が二元性の中で、自分に知る必要のある「愛」を知るための
レッスンを行ってくれているのだから。
パートナーだったり、子供だったり、上司だったり、同僚や友人だったり。

その体験をクリアする事で、より高い意識が形成され、人格として成長つづけ
より高く、崇高な自分(本来の自己=神なる自己)へと導く。


そして、腑に落ちたた所で、また何もない状態へ戻っていった。

*  *  *

昨夜、ジャンヌ・ダルクの本を開いた。
手元に届いたこの本の理由がわかった気がする。
何冊かある、本の中で縁があった【この一冊】なのだ。

この本は、最初のほうでは気付かなかったのだけど、、、、
この本の著者は(1846-1926)が、年代が少々古いのだけど、元々精神世界に
も精通しているようだった。
なので、読んでいてもとても伝わりやすい解釈表現だった。

で、昨晩読んだページで更に明らかになったのが、確かにそれまでのページ
の二カ所くらいに「あれ?」と思う言葉があった。移行後のジャンヌの言葉?

それから、ちょっとページを飛ばし読んでみると。
いおいろ興味深いメッセージが書かれていた。
この著者は、この時代では交霊術と書いてあるが、結局は今で言う「チャネリング」
で、集まりに参加していた。
その集まりでは高級霊」から様々な情報などを得ていたようだった。

そして、この本は著者が啓示をうけ、瞑想生活をしている時期に構想が浮かんだ
らしい。ジャンヌからの導きで書かれたこの本は、ジャンヌ自身の考え、ジャンヌから
の見解に基づいて書かれていると考えて頂いて差し支えない。と書かれている。
ジャンヌの事柄には、いろいろな人の手も加えられ歪曲され偽装されてきた内容
もあるが、この本を書いているときにも、通信し真実を確認しながら書かれている。

そうだったのか!(驚)と思い、パラパラとめくると、一箇所の言葉に目が止まった。

「愛を表現することだけです。」

そうだ、その通りだ。この言葉を読んで感じていたことは間違いないな。って思った。
それぞれの魂のテーマはあるだろうけど、過去にも沢山学んでいるのだから、
でも結局は愛(光)の学びに過ぎない。

ただ、深く眠りすぎてしまうと、それが見えず他者のせいにしたり、不平不満に
なるのだと思う。そして多くのものが、見ようとせずにまた移行し、また学ぶために
戻ってくる。

だけど、必ずはこの階段を登っていく。

そして、トバイアスは「それは、重要ではありません」

ついでに、気付いたときに浮かんだ言葉がクツミの言葉だった。

「おバカな、おバカな人間たち。」

昨年も、何度も、自分でも手放しながら思ったけど。
ほんとに、そう思う!(笑)

*  *  *

そして、今日仕事からかえってきて、久しぶりに覗いたサイトに書かれていた
ことは。。。

この以下のメッセージを目にしたのです!

【サナトクマラからのメッセージ】

戦いとは、人を傷つけるために行うべきものではありません。
真の戦いとは、愛をもち、他者を
救済するために行われるべきものです。

自分に従わせようとする行為はエゴであり、
愛のある行いではありません。

愛とは一体いかなるものでしょうか。

他人を思い通りに動かすことは愛でしょうか。

お互いの魂を尊重し、霊的成長の早さの違いを受け入れ、
寛容に見守ることは一つの愛の形です。

現在、多くの地球人が、アセンションのことについて知るようになり、
「自らをアセンションさせなければならない」と思い込んでいます。

しかし、人間が霊的にアセンションする上で
最も重要なことは、愛を持つことです。

「アセンションしなければならない」という考え方を手放し、
「日々の自らの思考、行為は、愛にもとづいたものか」
ということについて考えてみて下さい。

愛にもとづいた思考を持ち、
愛にもとづいた行為を行うことという、
当たり前のように思えることが
魂のアセンションへとつながっていくのです。

愛について深く知ろうとすればするほど、
闇について深く知らなければならなくなるでしょう。

人間は、例えば、闇について5のレベルで理解したとしたら、
愛について5のレベル理解できるようになっています。

すべての物事は対極で成り立っているのであり、
どちらか一方だけを知るということは不可能なのです。

もしあなたが、次は6のレベルの愛について知りたいと思ったら、
次は6のレベルの闇について見つめ、
認識する必要があるということなのです。

この段階をふみシフトすることで、
人間は真理を知るようになるのです。


☆下記サイトから。
Happy Spiritual Message「Fairy Magic」


*  *  *

これは、偶然なんかじゃないな。

この時期に、私のところに届いた本も何もかも。

やば、早く寝よ~。おやすみ。

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