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【主権をもつ】ということ-(3)

 25, 2009 20:56
☆↓本日2/25(水)の始めはこちらから。
続:【主権をもつ】ということ-(2)から

IMG_1236.jpg

*  *  *

ちょっと、ここから【主権をもつ】ということとズレてしまうけど、
最近、思い出したことから。。。

時々あることだけど、過去を振り返ることがある。
それは自分が【どうやって、ここに来たのか。。。】ということを思い出すことでも
あり、その時々の【感じたていたこと】を思い返すことでもある。

当たり前のことかも知れないけど、その時にはその時点の意識で感じて
いるので、今振り返ると見えている範囲が違う。
でも、その見方をより拡大させ、上方からの見方へ助けてくれていたのは、
チャネリングを受けて、メッセージから学んでいった事がとても多い。

この人生においても、数ある出来事の中で、時にはとても辛い体験だった
時期も多くあった中から、ちょっと書こうと思う。

*  *  *

まだ、何も知らないときではあったし、宗教的な価値観を置いているときでも
あったため、家庭の中で闇の体験、光の体験を多く過ごしていた。

小さい頃から幼いなりに二元性について考えていたことなどから、、、
そして、真っ直ぐに上と繋がることと言うことなど、宗教から発見し、学ぶことも
たたあった。

愛についてもそうだったが、それは古い教えの自己犠牲的な愛だった。
ただ、現在思うことは、肉体(行動)と精神を統一させる。と言うことに
置いては、少しは役にたってきたと思う。

それは何故かというと、その教えでは、善と悪ということからの始まりで
善(良心)から行うことにおいては、【抵抗】が生じ、悪(邪心)からくるもの
は、【無意識】から流されることが多いというものであった。

で、私はこのときに「なるほどな。」と思った。

自分の生活を見ると、ここで言う邪心には流れやすいが、良心に従おうと
すると多くの事がらに対し、ためらいや意識していなければ行動出来ないこと
に気付いていった。

人間(神)は、この地球という舞台で体験するために、【二元性】を設けてきた
わけだけど、それも歴史を繰り返すほどに、過剰になっていったというようなことも、
本などに書かれていたように思う。

そこで、「良心」とは?と言うことを考えていかざる得なかった。

人に席を譲ることにしても、何か善を行うときには、意識するか勇気が時に
必要になったり、人の目を気にしたり。なぜ【抵抗】がそこにあるかも知らず、
でも確かに存在を感じてきた。
その意味などは、今では色々な本などで理解できるだろうけど。

それを自然に行うように、行動を良心へ合わせることは、【訓練】が必要だと
いう事を教えられていった。
宗教での体験は確かに【方向性】は違っていたけど、役にたっていた。
実際に、その頃から意識しながら訓練をしていった。宗教の価値観の中ではあっ
たし、もっと浅かったように思うけど。

悪(邪心)のほうはと言うと、とても無意識に流れやすい傾向がある事にも
気付いていった。そうプログラムされていた?埋め込まれたものや、他からの
信念体系などによって。

それが、今でいう【疑い】の心に耳を貸さない。とか【真なる自己】を知り、
その声に従う(行動)ことの重要性を理解するのに、早いうちに【知っている】こと
の確信に繋がっていたのだと今になって思う。

想像以上に、それは深く、、、けど手放すとシンプルだったということに気付いた
けれどね。今では。。。

それと伴って思い出されたことが、、、

家庭内紛争の真っ只中。針のむしろの中で過ごしていた時期があって、
家族でありながら、この世にこんな陰湿で惨い態度が存在するのか、
と思う時期があった。
家に帰るのが苦痛でしかなかった。

とは言え、これは宗教&お金もからみ、ちょっと複雑で相手の立場からすると
今は理解できなくもないが、、、でも私なら、、、しないだろう。(爆)

これは、被害者だったという話ではない。(笑)
家を出てからは徐々に癒されトラウマも無くなっていっていた。

チャネリングを受け始め、セント・ジャーメインからメッセージを受け始めた
頃だったと思う。

過去のBlogで書いていたかは思い出せないけど。
クリムゾンサークルに繋がりを持ち、ESSを受けた後だったと思う。
私に関係していた、氏族、先祖などは、近い領域から引き上げられた事を確認
した。※これも、それぞれの家系にもよって違うかも知れない。

宗教で行おうと何度も死にそうになって必死でやっていた事が、宗教捨てて
から先祖の解放が出来たことが、皮肉でもあり、納得できることだった。本来の道
なのだから。

ただし、亡くなった近い領域の先祖たちにも選択があるとの事だった。
より高い領域へ行く選択した者たちは上がって行ったとの事。

ここで、とても安堵感があった。ようやっと自分の役目の一部が出来たと。。。
できれば、みんなが選択してほしかったという思いはあったけどその魂を尊重する
しかなかった。

なぜ、自分の役割の一部のすることが出来たと思ったか。。。と言えば、目覚めの
時という時期が26才頃のときにあって、至福に近い状態だったり、手のひらに
金粉がでたりの時期。

この頃の話をすると長くなるから省くけど、その後に嫌っていた宗教へ足を踏み入れ
たわけだけど、この頃にハートから感じていたある意味「使命感」みたいなものを非常
に感じとっていた。
理屈ではなく、そのような状態の時期が続いた。深いところで求めていたことに
出会えた、、、というのかね。
と言っても、まだその頃は何も知らなかった。

話がまたずれた。
で、その先祖が引き上げられた話を聞いたときに、義理の父が亡くなっていて
まだ近い領域に残っているようだった為、チャネリング後、家に戻ってから、これまで
の言えなかった思いを義理の父や、生きている義理の母の魂に向かってぶちまけて、
「もう気が澄んだし、さっさと上がる選択をして!」「もう、気にしてないから。」と心の
中で言った。ほんとうに、この時はスッキリした。(笑)
傲慢かも知れないが、自分の心の中をより解放しクリアにする事も必要だと
思えた。

色々問題もあったが、根っこから悪い人ではなく良い所も知っていたし、助けて
くれた事もあった人たちだった。皆、根底では、愛情不足から来ているものだった。

すると、次のチャネリングのときに、義理の父は実はもう上がることを選択していて
高い所へは上がっていたが、義理の母が心配で見に来ていただけだっだという事を
知った。それで、私は安心したわけだけど、問題は義理の母のほうだった。

とにかく、家族を通し色々な事を体験し、学びんで今の自分があると思えていたので
全く恨んでもいなかっが、完全に全てを許せていたか。。。は微妙だった。
でも、完全に許せたのは、この瞬間だったかも知れない。

チャネリングで義理の母の魂にコンタクトを取ってもらった。
魂のほうでは、「すまない。。。申し訳ない。。。」ととにかく謝っています。とチャネラー
さんが伝えてくれた。
それを聞いた私は最初は困惑した。どうしていいか分からなかった。
予想外の言葉だったからだ。
※表面で見えている事と、魂で感じていることの違いで。

その時にセント・ジャーメインは
『あなたは、このような人達も助けていくのですよ。。。』
私は、うなずいた。「そうだね。」そう言うことだと、すぐに納得できたし、
私も心から望んでいる事だった。

母の魂に向かって「もういいから。。。」と言っても、
チャネラーさんから伝えてくれる言葉は、
「そんな事言ったって。。。そんな事言ったって。。。」と言っています。
と、ナカナカ私の言葉も受け入れてくれない。

その後すぐ、娘の都合で義理の母に会う機会があった。
お試しだったのかもしれないけれど。

それまでは、発作が起こるかもと、、、なるべく避けてきたが、この出来事を通して、
義理の母に会う選択ができて良かった。会ったときには心よく向かえてくれ
たし、私のほうでも何事もなく世間話ができた。

*  *  *

そして、、、何がいいたかったか。。。なんだけど。(笑)
前置きがかなり長くなってしまった(汗)。。。

今、大いなる存在(神)の立場から見てみると、本当に私たちは許されて
いる。と言うことだ。価値がある。と言うことだった。

多くのメッセージでこの言葉は何度繰り返し聞いてきたことだろう。。。

自分の体験の話をしたのは、自分&神側からの立場で見るのに役にたっているからだ。

この昔の話を思い出したときに、自分(魂)で設定したことや自分で造りだした
ドラマについての話ではない。

だって、義理の母のことや家族、その他もろもろ自分で生まれる前に頼んだことかも
知れないし、そう思ったら嫌な役割を引き受けてくれたことになるし、反対に過去の
カルマの清算かもしれないし、責めるなにものもないと今じゃわかっている事だから。

なので、それは脇において、神からの立場で見た時に、義理の母のような魂をどう
思うだろうか。。。

私&神は裁いてもいなければ、責めてもいない。

ただ、安らぎや喜びを感じ、進化し、この生を生きて欲しいのではないだろうか。。。
でも、多くの魂やアスペクトは、「そんな事言ったって。」と言っているかも知れない。
自分が自分を許せない&認めないでいるだけなのだ。と思うとね。

そこに判断も何もないけど、ちょっと悲しい/寂しいよなって。

そして、勇気がいるし、ちょっと恐れも伴うかもしれないけど、手を広げて
「安心してきなさい。ここには無限の豊かさが待ってるよ。あなたも神です。」と言っている
神や存在たちが大勢いるのだ。

神の目には、やはり完全な秩序にありながら、、、全ての魂の選択を尊重させつつも、
どう感じるのだろうか。。。
そして、多くの天界のサポートしてくれているマスター達や、天使たちにとっても
どう感じているのかな?
だから、何度も繰り返し気付かせようとさせてくれていたんだよな。って。

これらの学びを通して、大いなる存在からの目で感じ、角度を変えてみたときに
自分の感じている事が、また大いなる存在の意識の一部でもあるという事なん
だなって感じて。

まだまだ、真の自己と私の意識での認識の違いはあるだろうけど、
全てを思い出し、理解するまでは。。。

*  *  *

げっ、久々に長くなっちゃったよ。(汗)
なぜか、、出てきてしまった。
文章まとまったかは不明。。。ゴメン。

【主権をもつ】ということ-(4)へ

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