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「自分自身と恋をする」-2

 12, 2008 19:29
「自分自身と恋をする」-1から

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*  *  *

そのカウンセラーさんは、マインドコントロールに関しての専門でも
あって、私がお世話になっていた頃から、「宗教による虐待」の問題
を扱って本を書き始めた頃だった。

包容力と尋常ならぬ忍耐と愛で多くの人と向き合い、多くの人の相談と
精神的なものを回復させていた。
自分の過去にも忍耐と努力で逃げないで克服していた。

今回の電話は、新たに書く本の中で、数人の元信者へ回復までの過程などを
書いて欲しいとの依頼をしているようだった。

そして、以前の自分とはあまりに変化しているために、書くことへのためらい
があって「考えてみるけど、書けたら書く。あまり期待はしないでね。」
と助けていただいた方への態度としては申し訳ない感じだった。

でも、電話を切ったあとに頭の中で沢山の言葉が溢れてきていた。
ハートがワクワクしていた。

あ。。。書くのかも知れないな。
期限は12月末と言うことだったので、のんびりしていた。
頭に浮かんだ言葉は忘れてしまったけれど、その時が来たら
思い出すだろう。
そして書くときが来たらハートで分かるだろうと思っていた。

この時間の余裕のある四連休はいいのかも。
それで、彼の二冊目の本が今年郵送で届き、読んでいなかったので読んでみた。

すると、全くスピリチュアルではないけど、色々な本からの情報も含めた内容には、
自分が行ってきたことの多くが書かれていた。

「色々な角度から見る・認める事・忍耐・勇気・努力・自分を信じる事」
これらを通して自分を取り戻す。自分を受け入れると言うことが書かれていた。

正直、今の心理療法に対して、思い込みがあったかも知れない。

このカウンセラーさんの場合は、スピリチュアルな事に関しては触れない。
各国で起こっている中には、カルト宗教と全く変わらないスピリチュアルな
グループの問題もカウンセラーさんは調べつくしている。
私はその事を知っているから、宗教の中で感じていた目に見えない
ことについては、本人には封印していた。
スピリチュアルの「ス」でも言ったら、すぐに心配するだろう。

カウンセラーさんは、個人に起きた神秘体験などを受け入れるし、否定する
ことは無かったけど、そこから判断を間違っていく危険性などを重視して
いたのだと思う。

私は、自分が興味のある事で、ただ心配されるのは嫌だったのかも知れない。

なので、その当時の私のスピリチュアルの探求は、未解決だった。
宗教に入る前から興味を持ち続け、宗教で知ったこともあるけど、
必要ない荷物も頂いて。(笑)←信念体系・コントロールなど。大きな意味では体験が必要だったのだけど。

だから、この分野に関しては、その後から一気に探究していったという流れ
になっていった。

私は、現在のカウンセリングには、過去生、カルマなど人には今生の問題だけではない
ものが関わっている事を知れば知るほど、開放するには時間がかかり過ぎる
と感じていた。

でも、たとえスピリチュアルな事を知らなくてもやる事は同じで、これはテーマは
限ったことではなく、この過程を実践することによって、多くのものを手放していける
のかも知れないと本を読んで思えた。

*  *  *

この本の依頼の件を思い出してからが、この四連休の時間の意味を
知っていくとは思っても見なかった。

ちょっと話がズレちゃうかも知れないけど。

あの時期。。。2000年秋。

今回の「自分自身に恋をする」体験のポイントがカウンセラーさんとその時に出会った方たちとも
繋がっていたし、たくさん教わっていたことに気付いた。

自分のその頃や過去の事などを振り返ってみると。。。

喪失感、挫折感、自責、無力感、パニック障害やらなにやらでボロボロだったにも
関わらず、何点か見えてきた。

それは

・内観(感)の方法。
 「どうして?」
 「なぜ?」「いつ?」「どこで?」「どのように?」「だれが?」

 この質問によって、自分だとと思っていたものに対して、見つめることが出来、
 更に、本来の自分である事と、自分でないものが分かるようになる。
 思い出せる。
 無意識に行ってきたけど、ポイントはカウンセラーさんの投げかけによって
 身についていたかも知れない。

・受け入れること・認めること。
 自分の感じている事に対して認めること。
 私は、自分の起きている事を認められなかったし、人に話すことでは
 ないと感じていた。
 自分が痛みを負うと、世の中には、もっと沢山苦しんでいる人がいる。
 と話をすり替えて自分を頑なに認められなくなっていた。
 ※これには時間がかかった。自分が傷ついた事や他者(カウンセラー)に伝える
  事自体が罪悪感になり、声に出そうとするだけで最初は苦しくめまいがした。

人っていつの間にか、色々な人の影響やらコントロールやら(まっ、ウィルス?)
で以前の自分さえも忘れてしまうこともあるって事なんだと思う。

・変化・自分の選択に対して、自分の責任を負うことなどに対しての勇気。
 あるときに、カウンセラーさんは言った。
 「病院にいきなさい」
 何故、そう伝えたかと言うと、
 人の中には、「治りたい人」と「治りたくない人」がいるんだよ。って話してくれた。
 ※それは言葉は違ったけれど、「犠牲者でいたい人」「ドラマを続けたい人」と
  「もう止めたい人」がいる事を伝えてくれていた。
  私は、病院にいくことをあまり考えていなかったけど、その話を聞いて
  病院にいくことを選択した。
  ※病院は数ヶ月で終了し薬も半年後には手放していた。

・忍耐
 人間はすぐには変わらないこと。
 例えば、自分の例のたった一つの事だけど。
 自分でわかっている癖がある。
 私は、母のコントロールが強かったかもしれない。
 幼少のときは特に。
 母も悪気はなく、親は多かれ少なかれあるものだと思う。
 それが愛情と思っている場合もある。
 そして私は人に合せることによって自分を偽ってきていたのだろうと思う。

 そのコントロールに関して、自分は同じようになりたくなかった。
 しかし、子供を育てていると、同じような事をしている自分に気付く事があった。

 子供は正直に私に向かって、認めてくれないことに対し、
 コントロールに対して嫌悪を表現したことがあった。
 それは、本当に良い機会だった。
 
 気付くと「あっ、同じことしている」
 自分の取った行動に対して、相手が子供であっても関係なく間違ったことに関しては
 謝ることを行動しはじめた。
 もし、誤解があったときには、理解できるように表現することを
 試みた。カウンセラーさんに教わったことでもある。
 いつもがうまく行く訳ではなかったけれど、努力をしようと思えた。

 最初は、抵抗があった。
 その動機には、もう一つの事があった。
 自分にも、もちろん同じ部分があったから鏡になっていたという事なのだろう。

 「謝ってもらえない(認める事をしない)」相手の相手(?)をする苦しさを知っていたから。
 「気持ちで通じていればわかるだろう。」は私にとっては甘えにしか見えない。
 それを許していた自分にも責任がある。
 結果エネルギーの奪い合いと言うことになるのだろう。

 でも、たった一言が、相手の心をどれだけ軽くするかを知っている。

 単に私の心が狭かったというだけだろうか?
 
 人間は自分を守ろうとする。だから行動が逆になってしまう事がある。
 自分を守ろうとしなくて良いと気付くと自然に(本来の自分)神聖に近づく。

 とにかく、出来なかった(行動で表現が)と感じると、またお試しがやってきた。

 次に出来るようになると、ハードルが少し高くなっていた。
 そして少しずつ、自分の中で変化し成長してきたと思う。

 なぜか、あらゆる場面で、とにかく自分と向き合わざる得なかった。
 ひとつ見出すと、いろんなところに自分ではないものを見つけた。
 それは、全く精神世界に入る前からの事だったのだけど、

 衝撃がなければ、自分の場合は内側に向けなかったのだろう。(笑)

*  *  *

「自分自身と恋をする」-3へ続く

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