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【クウォンタム・リープ祝祭の報告 Ⅱ】

 20, 2007 19:56
【クウォンタム・リープ祝祭の報告 Ⅰ】から

*  *  *


2007/5~

出発までのプロセス(2)

5月の中旬、眠りに入る頃、なぜかその夜はいつもと違う感覚でした。
今思えばメタトロンを感じていたのだと思います。
頭の中が急に冴えわたる感じ。自分が「準備が出来ています」と二回
程、ハートから出てくるのを感じました。

その時に、全ての奉仕を受け入れる準備が出来ていることをハートで
感じていました。

その後、順調と思えた仕事に対する気持ちが変化してきました
「私はなぜ此処にいるのだろう…」

5月末、急に職場に行けなくなってしまいました。
バッグを持って気持ちは玄関へ行こうとするのに、足が動かない。

いよいよ来たなと感じる冷静さとパニック状態の両方でした。
生活の基盤を失うのが、どれほど恐怖かを知っているからです。
この4日後には退職しました。

この間、そうとうの恐怖でした。骨の髄まで震えるような全てを失う
ような。頭では、わかっているのですが、どこからかこの恐怖が現れ、
わたしを襲いました。
でも、このプロセスが来ていることは、知っている状態だったので、
決断を長引かせたくはありませんでした。

この決断をした後、これが、私のやり方で、これが私だ。と思え、
自分が好きになりました。自分の中心にいました。
その後、みぞおちの所が、真っ白な状態になっていました。
これが、アセンションの空白と言うものでしょうか。

北海道DWスクールを無事に終えた数日後、山崎さんから、
至急のメールがあり、別枠のサイトからタオスの正式申込みができる
返事がリンダの事実上側近といわれるSugyからメールが
届いたとのこと。

「やっぱり来た!」知っていたとは言え、やはり感動と驚きは
そうとうなものでした。

現地での山崎さんとの会話で、山崎さんが代表を受け継いでから、
今のCCJの位置の土台を作りあげた努力は相当なものだったのだと
感じました。

色々な条件が合わさって、今回タオスに行くことが出来た事をありがた
く感じています。

そこから、タオスに行くまで。それは、たぶん自分のやり方で自分の
ペースに基づき行われた、予測不可能な新しいプロセスの始まりだった
のだと思います。

7月には、経済的なサポートが入り、少しずつ準備を進めてきて、
無事タオスへと出発できたのですが、ここまででも十分すぎる体験
でした。
このようなプロセスは、それぞれ個人によって違うと思います。

あくまでも、私の場合での話しなので、参考にはならないかも知れませ
ん。

あっ、昨年秋、この世界(スピリチュアルな)、いつなにが起こるかわ
からないと日々感じていた私は、何も根拠もなくパスポートだけは準備
していました。なにか行動することにより「選択」「意図」が、ここも
期待なく、具現化を加速させたのかも知れません。←よくわからないと
言うのが正直なところですが。


「起こる」時には「ただ、起こる」。「なる」時には、
「ただ、なる」。それだけなのだと、今は実感しています。

言葉では、説明の付かないものだと感じています。

*  *  *

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