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【人間と神聖の融合】2015年3月の出来事

 14, 2015 01:11
2015/4/14(火)

2015/4/12私は宇宙、私もまた神です。(2)
2015/4/13【情熱を知る】 2014年10月の出来事
2015/4/13【新しい環境】2014年11月~2015年2月までの出来事


続きを書いていきます。こんなの久しぶりですね。
本当は簡素に経過を綴ろうと思っていたのに、書き出すとスイッチが入ったらしく、結局はしっかり書いちゃってます。笑

3月ね~、これまた自分に起こった事とは言え、どう表現したら良いのか、、、。とマインドでは思うけど、いつも、書くまで分からない。っていうのが正直なところですね。


*  *  *

3月:「知っている状態」+「完全な自己信頼=アーミョー」
現実の現実としては、、、(変な言い方。笑)
”生き残り”の意識で見れば、、、ですね。当然、次の仕事にすぐ就かなければ、3月(2月分)の最後の給料で過ごせるのは1ヶ月位という事になります。大した貯金もないので、そんなものです。ここで通常の人であれば、恐れが出て不安になる人の方が多いでしょう。

私の場合、これまで何度も全財産を失うことで、その都度「恐れ」を解放してきたのがあり、もうこの時点で普通の人ではないのは確かです。

今の状態は、「知っている状態」+「完全な自己信頼=アーミョー」です。理屈ではなく、ただそうなのです。


3月1日~4日:流感のような症状
前日の退職した夜からみるみる熱が上がってきました。でも、私はこれをただの風邪とは認識していませんでした。
以前の、私は宇宙、私もまた神です。(1)にも、シャウドを読み返していましたが、その時のCreator(創造者)シリーズ レッスン8の文章に「新しいエネルギーの流感」と書かれていたのがまだ記憶に残っていたからです。

3月6日:満月の日 ホルス
朝方の半分夢の状態で、「ハトホル」「ハトホル」と何度も聞こえました。あまりに伝えているので、とにかくメモして、また眠りました。
以前調べていても、すぐに忘れてしまうので再度ハトホルを調べましたが、「ハトホルの書」には、アセンションした文明と書かれていました。

saraちゃんに確認すると、

sara:「なんか、鳥みたいな顔の人が見える。」

「ハトホルだから、エジプトだよね、もしかして隼(ハヤブサ)の顔してない?何だたっけ。」

sara:「そうそう。」

(すぐPCで調べたところ、ホルスと分かりました。)

sara:「なんか、今サポートしているんだって。今後も関わっているようだよ。」


すっかり忘れていましたが以前「ホルスの目」の事を書いていたことを昨日思い出しました。
2013/11/11【久しぶり:7月~9月の出来事】 -2 By saraちゃん
改めて調べると、ホルスの目は松果体周辺のデザインにとても似ていると言われているようですね。今回の熱で頭が異常に痛かったのも関係しているのかも知れません。その時に、すでに知らせてくれていたのかも知れません。

この時に、私はすでに今起こっていること、起りつつあることに対して、すでに「知っている状態」の中でいるので、ジャーちゃんが、「知っている状態」に対して、一言私に伝えてくれました。これが最後に受け取った言葉だったと思う。

J:「どちらでも良いという状態でいるんですよ。」

「うん。わかった。」


私には、その一言で、全て理解出来きました。

「今後、起りうる可能性」のと(いつという事は分からない)なんだけども、そこに執着なく、期待ない状態でなければ、具現化しない。


「春分の日」を挟んで2週間の間、徐々に状況が盛り上がっていきました。(その時はわかりませんでしたが)


3月11日:神聖に生きる
この体験は、アダマスの本から始まりました。私は大切に少しずつ読み進めました。


3月12日:体が楽になってくる
急に「かごめ、かごめ」の唄を思い出しました。この唄の見解も様々ある。


3月13日:近くのカフェで本を読む。


3月14日:光がちらちら 複数見える。


3月15日:黄金の蛇のような光がとおる(見える)。


3月16日:区役所
区役所へ行き、保険証、年金の手続きをする。失業手当に関して3ヶ月置かれると思い、あまり考えていなかったが、係りの職員の勧めのあり、ハローワークへ行けということだと感じ従うことにしました。
数字(ぞろ目)のパレードが続き始める。


3月17日:ハローワーク
契約満了でも、自分都合なので、3ヶ月後からの支給だと思っていたが、審査はあるけど係りの方が翌月からの支給で手続きを進めてくれるようになった。スムーズな流れ。

自然に道がついて行く。現れてくるという感覚です。

3月18日:眠りかけに小さく光る「卍」が見える。真の自己のエッセンスを感じる。
卍 - Wikipedia
ヒンドゥー教や仏教で用いられる、吉祥の印である。現代の日本では仏教を象徴する記号としてよく知られる。

3月19日:saraちゃんとお茶。真の自己のエッセンスを感じる。


3月20日::神聖に生きる 「情熱」=「I Am」マスターは理解している。を知り感動する。


3月21日:春分の日 「十(人間と神聖の融合)」 現れる
静かな日だと思っていたら、デジタル時計が、勝手に「設定モード」に切り替わり、パネルの調整の為に四隅に現れる「十」をタッチしなければならない。「十」「十」「十」「十」 しかも×2周。

これって、「神聖に生きる」に記載があった。もろ「十」でしょ。と吹き出しました。四隅に1ずつ現れては1つずつ「統合」と言いながら「十」をタッチして行きました。笑 

私が、このサインを疑わないのは、今思えば、この時のための準備だったのでしょう。もう3年位使っているのに、2、3ヶ月前に、購入して始めて、触っていないのに、時計が勝手に調整モードに切り替わった。すぐ確認すると、「そろそろ慣れて下さいよ。」とジャーちゃんから言われていたので、不思議なことが起っても、「あら、またなったね。」くらいにしようと思っていたからです。


3月22日~23日:次の段階
「神聖を生きる」の本を読み終えると、急に片付けのスイッチが入り、不要なものも捨て、ばたばたと動き出しました。クローゼットの中のものを取り出す時に、箱に入れていたアダマスの「マスター」の本(プリント)を、次はこれかなと流れを感じて取り出しました。(私は動かされていることも同時に感じました)
23日に一通り片付けると、「マスター」を読み始めました。


3月24日:マスターの本
読み返すとビックリする程、これまで体験してきていることに驚いて、殆どが面白い程に理解できます。ジャーちゃんは全て私に教えてきてくれていたことが分かり、感謝と感動。

昨年の8月、9月の時も「私ってスゴイ!」と言ったけれど、この時も言いました。


3月25日:
「私は、すでにマスターだった。」を知った日。
完全でなくても、おぼつかない所があっても、知っていて受け入れているのがマスターなのです。自我がそう思い込ませていたことに改めて気づかされました。
本はすぐに読み終えましたが、これまでの体験を元に記憶をたどりたくて、自分のブログの目につくものから読み返してみたところ、そこでまた以前には見えなかった事が見えてきて理解していきました。

結果的に、私は、すでに「マスター」だったのだ。という事を知ったのです。
「マスターはこういうっもの」と言う思い込みは、捨て去りました。


3月26日:自立 -全てを手放す。
本を読んで、全てを一旦手放すことにしました。
以前から自分から「自立」を求め取り組んで来ましたが、1、2年程前から「自立」を促されていても、どこか、ジャーちゃんはずっと一緒にいてくれているはず。という気持ちがあったんですね。いかに、ジャーちゃんに頼ってきたのか。必要な時もあったのも確かですし、でも必要以上に甘えていたかも知れません。本当の意味で手離せていなかったのです。

「自立」したら、ジャーちゃんと話出来なくなる?ちょっと揺らぎました。イヤイヤ、本末転倒でしょ。何のためにこれまでやってきたの。って感じです。笑

実際には、側で見守っているのは知っているのですが。ミカエルの時のようにちょっと泣けましたね。クツミとも会話できなくなって、寂しいと感じるアスペクトも出て来てましたし。

でも、先に進むには、一旦全て手放しました。卒業です。

3月27日:「十」人間と神聖の融合
私は、すでにこの時に「I Exist.(我あり)」に気づいていました。そして祝福もこの時に受けています。この気づきがなければ、このように先に進んでいなかったかも知れません。

2008/10/5「私は在る」-1【確認ヤハウェイ】
2008/10/5「私は在る」-2【確認ヤハウェイ】
2008/10/5「私は在る」【確認】-3

「もう、おまえは手放すことが出来ているのに、そうじゃないと思っているから。」
「おまえ自身がよくわかっているのに、感じているのに、出来ていないと思い込んでいる。」
「勘違いしている。思い込みしている。」
「繋がっているのに、繋がっていないと思っている。」
「おまえは出来る。それを超えたらギフトが待っているだろう。」
「闇の色は黒、黒はいろいろな色を変えてしまう。わからなくしてしまう。」


これまで、「まだ出来ていない。」と思っていたのはアスペクトでした。出来ていないというフリをしていました。ノーイングネスはずっと前からありました。受け入れられなかったのは、自分に対しての疑いだったのです。

それを認めました。

今、ブログを読むと、アスペクトであっても、自我があっても、ただ一生懸命生きていた自分に愛おしさを感じます。そして、書き続けていたからこそ、この美しさに気づくことが出来たようです。

トバイアスが、「あなた方はすでにアセンションしています。どのようにそこに辿り着いたのか体験しているのです。」と伝えてました。それは、本当にその通りだったのです。それは、過去のブログでもらっていたメッセージなどで分かりました。その時点では、とても先の話をしていると思っていましたが、私は結果に対して、この数年間、遡っていたのだということが腑に落ちました。腑に落ちた瞬間の気持ちは表現出来ません。今回も、「私ってスゴイ!」と何度も言ってました。笑

この日、古い本(スピ)も、BOOK OFFへ持っていき手離しました。(ただ置いてあっただけなんだけど)


自分の美しい創造を知る時、かけがえのない「宝箱」を見つけたようです。


また、次の段階を謙虚に進んでいきます。全てに感謝。


では、また。 

*  * *

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