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【瞑想----発見と神の自己と”I am ”の体験】

 06, 2012 18:37
2012/5/6(日)曇り ※満月




またまたブログを書くのは久しぶりです。
GW中に、と思っていましたが結局、最終日になりました。

普段、やりたくても出来ないことをやっていたのでゴロゴロしていたわけではないけれど、有意義に過ごせました。

久しぶりに娘家族と実家に一泊してきて、食べたかった”蜂谷のラーメン”を食べました。
帰りの途中は、念願の天然温泉かけ流しのお風呂にも入ることが出来て満足です。一度に希望がかなった時でした。

おかげでエネルギーの影響からか背中も痛みが出て来ていた時だったんですが、温泉に入ると痛みが無くなりました。温泉の効力を実感しました。1週間以上経ってもまだ持続しています。恩恵ですね。


さて、書きたいと思っていたこともいろいろですが、いつものように思い出せるところから。
もちろん、ジャーちゃん(セント・ジャーメイン)、クツミとのやり取りも含めて。

まずは、昨夜とその前日の瞑想のこと。



【瞑想----発見と神の自己と”I am ”の体験】by saraさん

4日の夜、久しぶりに瞑想の時間がとれた。
昨年、北海道に戻ってきて旭川の実家で過ごすようになった頃、瞑想の時に、よく手のひらにエネルギーが溜り?それが、いろんな形に変化していく(錬金術)の体験があったことをブログで書いた時期があった。
↓が始まりの時期(1週間以上は続いたと思う)
2011/2/11【高次のエネルギーを感じることと錬金術の繋がり】byGraceさん 

ちょっと今読み返してみると忘れていたことも多い。
「その手のひらに感じるエネルギーが”高次のエネルギー”ですよ。」とジャーちゃん(セント・ジャーメイン)が教えてくれていた。その時は、ジャーちゃんに教えてもらった方法で、その手のひらに感じるエネルギーを体中に満たし回すということを行っていた。

その後は、ジャーちゃんに教わったワークをやっている内に、高次のエネルギーを体に満たし回したあと、自分を通して宇宙の核まで、その後はガイアの核へエネルギーを降ろすというのをイメージを使って行ってきた。(時々)

そのイメージは、これからは必要ないことを発見した。

高次の意識を保って瞑想できるときというのは、そう頻繁にあるわけではないけれど、4日の夜は、しっかりノーマさんの呼吸を2サイクル行って手のひらのエネルギーが集まってきているのを感じていた。

なぜか、その時、もう自分の命令でエネルギーを動かせるように感じた。

「そのエネルギー、私の体をくまなく満たし、宇宙の核へ、ガイアの核へ行きなさい。」

「行け! I am That I am!」


すると、手のひらに集まっていたエネルギーが流れだした。手のひらには、流れが生じているために、溜るという感覚は感じなくなった。それが最後まで続いていた。

今日、saraちゃんを通してジャーちゃんに確認してみた。

「ねぇ、ジャーちゃん。エネルギーって命令したら、動いてくれるんだね。動くものなんだね...。」

「この前の瞑想の時、なんか出来るような気になってやったんだ。たぶん、動いてくれたと思う。」

J:「あなたには、もうそれが出来るようになったんですよ。それはアスペクト(自分の側面)を解放してきたからです。」

「そうなの? やっぱり。瞑想が終わって手のひらを感じると、すっきりしていたし流れきっていた感じがしたもん。」

sara:「あのね、もうアスペクトも、”行けっ!”って命令するだけで統合されるみたいだよ。」

J:「まだ、感じつくして受け入れるのは必要だけども、あとは”行けっ!”」

sara:「笑! そうなんだって。」

「うれしい、大して楽になるよ。」


顕在意識のアスペクトは、内観や行動を通して何年もかけて解放してきたけれども、昨年の3月いや、もうずいぶん経ったと思い込んでいたけれど、調べてみると昨年の9月頃、マグララを知ったきっかけから潜在意識のアスペクトの解放が始まっていた。

毎日、明けても暮れてもアスペクトの解放をしていた数か月だった。
(潜在意識の部分なので、それは真の自己がちゃんとリアルに肉体で感じることが出来るようにしてくれていた)
時々、休息日はあったものの、ずっと意識して解放を続けることに疲れきったときもあった。

以前にジャーちゃんが、「今年の5月(末)までに、その潜在意識のアスペクト解放も終わらせなければならない」と伝えてくれていたので、忙しい日々の中でも、お風呂、地下鉄、エレベーターの中、どこでも出来る時にやっていたな。笑。何度も何度も、永遠に終わる日なんて来ないように感じながら。それくらい次から次と、アスペクトは私に知らせてきました。

でも、おかげでこの5月までに何とか間に合ったようですね。
アスペクトも途中からずいぶん軽くなってきていたし、アスペクトも低次元から高次元まで存在し、今解放しているのは、もう不要になったアスペクトたち(低次元~)の部分です。
ジャーちゃん曰く、高次元のアスペクトたちとは、これから仲良く楽しく一緒に創造、ビジネスにもかかわっていくようです。

自分で出来ることはやってきたので、まあ心配とかはありませんでしたけど。ってあれ以上やれと言われても反対に出来ない。いつまでも終わる感じがしなかったので、期待もなかったというのが現状かな。

エネルギーに命令すること然り、アスペクトに命令すること然り、すべて、この解放する期間があってこそ迎えられたのです。

ここ1か月は、解放してきたこと、自分がどれほど変化したのかを確認している時期でもありました。どんなことにも動じなくなってきているのも自分で分かってきたし、反対に、アスペクトをどれだけ、自分の事だと信じて生きてきたのかというのも知りました。

【ほんとうの自分】に戻る。回帰するというのは、この過程を飛び越えていくことは出来ないんでしょうね。方法に個人差はあるとしても。でもジャーちゃんの教えてくれた方法は、私たちにとって、とても分かりやすい方法です。(行うにも、準備ができているか、それぞれの段階によっても違うようですけど)


それと昨夜の体験ですね。

昨夜は、ただ、自分の中で感じてくるものへどうしていいか分からずに、瞑想する流れになりました。

でも、その瞑想は、4日の時よりもさらに深く入っていきました。

首から下の感覚も全くなくなっていました。”意識だけがある” 状態。

無の状態は、意識もなくなって記憶もない状態に入っていますが、意識だけの状態は、自分の意識、言葉も認識できている状態です。

宇宙も、銀河も越えているという感覚でした。意識だけ、yohamの状態ですが、何もありません。特に何も見えません。何もなく ただ、”在る”という状態を味わってました。

瞑想しながらも、「I am ...。」という言葉だけが出てきました。何度も、何度も。

「私は在る」「我なり」

ようやく、yohamからの言葉を腑に落としたという体験です。
数年前にも、”私は在る”を確認した時期がありましたけど、さらに、もうひと段階上がった体験の感じです。

『何者かでいようとする事もなければ、何かであろうとする必要もない。
何かしようとするものでもなく、、、
何者かでもなく、、、、
何もする必要がなくなったとき、、、役割が見えてくるだろう、、、、。』


シャウドで書かれているとおりなんですけどね。

ジャーちゃんも、クツミもトバイアスも何度も言っていることですが。

「何もする必要がない。」これは人間にとっては難しいことですけど、「何も探す必要もない」「知る必要もない」

今回のシャウド、4月のシャウドにも書かれているけど、大いに関係しています。

自分の探求をやめた時、あきらめた時、もうどうでもいい。という段階に行きついた時に、ようやく人間はエゴを手放します。何段階もありますけど、何度も何度も、バンザイして手放して。それも越えてきて、期待すらなくなって、ここ最近は、”今”の一瞬にいることだけでした。今出来ることをだたこなす。そこには、判断もなくなっていくので、良い日悪い日というのもなくなります。 なので、なんというか、結構、淡々とした日々の連続です。

yohamの言葉の意味が、ほんと言葉にするのは難しいけれど、ようやく理解できたように感じます。

本来は、ここを先に目指していくと、見えてくるものは全然違うんでしょうね。

今だから理解できるけど、自分の価値とか、評価など、ほとんどはアスペクトが言っているだけですからね。
yohamは、そんなこと、どうでもいいですからね。本当にそれが分かるようになりました。

なので、何か役に立ちたいとか、助けたい、救いたいなんて、ないわけですよ。それが悪いとか良いとかではなくて、その行為の深い部分にある自分の意識のほうに気づくことです。
何が、そう思わせるのか。何が、そうさせるのか。 自分の何を埋めようとしているのか。承認欲求からなのか、自分の価値を認められないからなのか。どこからきている感情なのかを見ていくと自分がよりわかるでしょう。
潜在意識の解放に入るときには、客観視できる自分になっているので、より自分は見えやすくなっています。

そこを知って解放してこそ、yohamが言うように、真の役割というのが見えてくるのだろう。と昨夜実感しました。真の役割といっても、落とすものはある程度落としているので、そこにエゴが入ることはないんでしょうね。あるがまま。執着も期待もなく、ただ、受容する。よい悪い、したい、したくないを超えた所です。

まだ、そこは見えてきてませんが、それもどうでもいいのです。笑


5月4日、5日の夜は、そんな感じです。


そういえば、数週間前の瞑想の時に、なぜか泣けてきて止まりませんでした。

ジャーちゃん曰く、高次のハイアーセルフを感じていたようなんですけど。高次のハイアーセルフも、このアスペクトの解放、肉体を何度ももって、ようやくここに来たという感慨深い思いの表れだったのかな。と私的には感じています。

今日は、満月でウエサク祭の時期だったんですね。つい最近までそんなことも忘れてました。

でも、5月に入り、春の訪れもあり気持ちも軽くなっています。

今月は、スクールも終わるし、少しずつ就活も始めています。また、どんな出会いがあるのか、どんな流れがくるのかも、一切分かりませんが、何も不安もありません。



続けて思い出せることを書いていきます。


*  *  *



【真の創造、コミットメント、アスペクトの解放の関係】by saraさん




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