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【最近の状況&”今、旅が終わる時”~シャウドから&娘の恐れ】

 23, 2011 16:14
2011/4/23(土)晴れのち曇


ブログ、久しぶり~。

あれから、日々、穏やかに過ごしていたし。
ただ、あの後、身体の痛みがすこし軽減したと思ったけれど、また辛い日もあった。
→11/4/15【祝福の日:開放~全てを感じること】byGraceさん
ま、過ごしずつ楽にはなってきているけど。

それは、、、、たぶん、、、?
ひとつの疑問が、あの後に浮かんで。

「仕事や、ガイア、集合意識の影響もふくんでいたとしても、○○家の意識が、ここまで集中して自分に”痛み”としてきたんだろうか? もう長年使ってきた(氏名)なのに、なぜ、今に集中したの?」

”氏の変更”手続きをしてから、約一ヶ月。

○○家の他界したご先祖さんんは、自らの選択はあるものの、ほとんどは、引き上げられたと聞いていたし、、、。
そう思うと、まだ肉体のある○○家の意識が、私との最後の”縁”を求めて集中して来たのだろうか?と考えずにいられなかった。頼ってきた、その存在(人間)たちは、私が離れたあといったいどうなるのだ?

それで、前回のブログを書いた翌日に、Gちゃんに、それを”感じて”もらった。

Gちゃん曰く、「やっぱ、助けて欲しいんだよね。○○ちゃんの身体の痛みを通して、”この痛みを知ってほしい”みたいな感じだと思うよ。でもさ、この道は、自分でやるしかないじゃん。頼ってきても、私たちが代わってやることは出来ないんだし。結局、自分でやってくれ。って言うしかないよね。」

「あ~、やっぱ、そういうことだよね。知らせてきたってどうしようもないってことだよね。」

この時期に集中したのは、”頼みの綱”的なもんが居なくなると思って来たんだな。でも、”意識”ってすごい。

たぶん、○○家の本人たちの顕在意識では、そんなことすら気づいていないだろうに、、、。
って、私自身も、そんなことが起こっていることを知らなかったんだから、それでなんの意味があるの?って感じもする。汗。とは言っても見えない所で起こっていることについては勉強になった。

そんなことを感じていたら、翌日?その次の日?また、ひどく身体が痛くなって、「やばい、やばい。」引き寄せたかも、、、と感じた。もちろん、ちゃんと、”私には助けることは出来ない”ことも伝えたけどさ。(汗)

しかも、許可はおりたけど、まだ”戸籍上”では○○だしね。
手続きを完了したくても、書類来るまで出来ないし。完全に、開放されるのは、戸籍が変わってからかな?

婚姻もだけど、戸籍ひとつ、何気に”見えない”約束というか、良い悪い関係なくカルマ的なものが紙切れ1枚で、、、と思うと、スゴイようなコワイような、、、。

”離婚届”は、10年前に受理されていても、これって、いったいどうなっているんだか。

この離婚後の10年と言えば、この覚醒のプロセスはそこから始まったようなものなんだから。魂の深い部分でしばらくは、背負うことを同意していたんだな。そうじゃなければ、○○家の多くの開放できなかっただろうな。いろんなことを学ばせてくれた”お礼”の意味もあったのかも知れない。実際に、成長させてもらったんだから。

yohamは、この”今”の”生まれ変わる”このタイミングで開放させてくれたんだと思うと、やはり”完璧” なんだと感じる。”痛くて辛い体験も、通り過ぎれば忘れていくし。


で、この再誕生については、”新しいエネルギー”のシャウドを読んでいて、しみじみ”今”だから感じることがあった。なぜ、今、このシャウドだったのか、読みたくなったのかは、読んでみてわかった。

目にするメッセージや、私の受け取ってきたメッセージも、本当に、”先”の話のことが多い。(全てじゃないけど)
最初は、そのまま真に受けていたよね。汗。もうわかってるから、喜びはあっても、時期的な期待はしなくなっちゃったけど。
トバイアスも、ずいぶん、先の話をしていたんだな。と改めて感じた。

その時、その時の段階で読んでいる(未来の)私たちのエネルギーでさえ、それが2004年のシャウドのものだとしても、シャーンブラのエネルギーを集めていたんだな。だから、後から来る人たちのエネルギーも全て含んでいると言う話が、”言葉ばかり”ではなく、実感として感じられた。

いろいろ、忘れていたことを思い出させてくれた。
その中には、”新しい地球”の話も出てくる。まだ、実際には体験してみないと分からない部分もあるけど、このシリーズのシャウドを読んでいて、”ここから”始まりつつあること、現れてくることが楽しみになってきた。
”サークルの完了”って、この時点(今の自分の段階)のことをいうのかも知れない。

ジャーちゃんがいうように、ピーと線を引いて区切られているわけではなく、徐々になんだろうけど。


新しいエネルギーシリーズ シャウド 5:
「あなたの新しいエネルギーの情熱」
クリムゾン・サークル 2003年12月13日

【抜粋】
今、そのすべてが終わる時です。他に探し求めるべきものはありません。古いエネルギーのやり方の中で達成しようと努力すべき他のものはありません。旅は終わるのです。そして今、体験が始まります。旅は終わるのです。そして楽しみが始まります。旅は終わり、そして実現と顕現が始まるのです。

もう探すものはありません。かつて本当に失われ、見つけなければならなかったものはありませんでした。あなた方は、ただこの崇高な旅、この探求と見えるものを通り抜け、神なるものを見出し、解決を見出すことを自分自身に許したのです。そしてあなた方が発見したことは、本当にそれはいつもそこにあったということです。でもあなた方は通り抜けなければなりませんでした。あなた方は、それはいつもそこにあったという完全な理解に至るために、あなた方のすべての学びを、すべての諸生涯を通り抜けなければならなかったのです。

それはキッチンのシェフのアナロジー(類推説明)にとても似ています・・・とても満足できるものを作り出すために、すべての準備をし・・・新しいレシピを探し・・・新しい種類の料理を作り、新しい材料を加え・・・それらがどう作用するかを見るために様々な種類の材料が混ぜ合わされ・・・香りを出すための様々な方法を見つけ・・・食べ物の中の様々なエネルギーのソースを混ぜ合わせ、調製する色々な方法を見つける。あなた方は皆、キッチンのシェフであったのであり、せっせと働き、自分自身のために素晴らしいグルメの体験を創り出してきたのです。

しかし今、料理はできました。料理はできたのです。テーブルに行って座り、楽しむ時・・・饗宴をし、祝う時・・・食事をし、味わう時・・・今までに作ってきたすべてのものを今体験する時なのです。

ですから、親愛なる友たちよ、旅は終わったのです・・・あなたがそれを続けたいと望まない限り。全く新しい生き方や体験が始まるのです。すべてシフトするのです。もう追いかけることはありません。それはあなたのもとへやって来るのです。それはすべてあなたへの自らの道を見つけるのです。私達は、それをあなた方が真にそれに気づくまで繰り返し繰り返し、何度も言っていきます。

あなた方はもう - 何と言うか - 人生の中で挑戦を今選ぶ必要はありません。それについて考える時、親愛なる友たちよ・・・あなたがそれについて考える時、今のあなたの人生の中の挑戦の非常に非常に多くは、あなたについてのことでさえないのです。それらは他の人々から引き受けているものです。あなた方は彼らのために養育的な役割を引き受け、それは時々依存性を引き起こしています。それは確かにあなた方に重荷となっているのです。

あまり特定のことを言わないようにすると、あなた方の人生の中の問題、困難の90%は他の人々に関わるものだと言えるでしょう。ほんの小さな量だけが本当にあなた自身についてのものなのです。それもまた手放す時なのです。最低限、それが何であるかを認め、でもまたそれを手放してください。しばらくしたら、それについてお話しします。

時々、あなた方は、人生はとても困難で挑戦的なので、もしあなた方が彼らの問題を手放し、彼らに自分の人生を生きることを許したら - そう完全に - あなた方の重荷はとても小さなものになるだろうと思っています。今度は、あなた方の多くは、するべきことはとても少ないとも感じるでしょう。なぜなら、あなた方は他の人達の世話をし、彼らの重荷を背負おうとしてとても忙しかったからです。

しかし、親愛なる友たちよ、私達は今あなた方にお話ししますが、"新しいエネルギー"の中でやるべきことはとてもたくさんあるのです。それは"古いエネルギー"のようではありません。でも、やることは膨大にあるのです。"新しいエネルギー"は表現についてなのです。それはもはや挑戦や苦しみや、答えを見つけようとすることではありません。それは表現についてなのです。それは神がそうであるものなのです - 表現 - 純粋な表現なのです。

旅が終わる時です。そしてすべてのものが、それからあなたのところにやって来るということに気づいてください・・・あなた方はいつもそこにあったエネルギー、才能、能力を持っていたのですが、休眠状態にあったということに気づいてください。それらは潜んでいて、正しい時を待ってきたのです。

ここにいるあなた方の一部は、音楽家になりたいという衝動を持っていました。でも、正しい家庭に生まれていないか、生まれつきの才能を持っていないと思っていました。あなた方が旅を手放し、体験の時に入るとき、いかにあなた方が音楽的かに驚くことでしょう。いかに速く、音楽が本当に何であるかを学べるかに驚くことでしょう。あなた方は全く新しい理解を得るでしょう。それはただのコードや音程ではないでしょう。それは、すべてともに作用するヴァイブレーションやハーモニー、"新しいエネルギー"でしょう。



一つひとつシャウドから取り出すことは出来ないけど、この時期にこのシリーズを読めたのは、いろんな意味で、幸せなことだった。

毎日のように、右手の先のほうからや、全身から”古いエネルギー”が抜けていってる。
(たぶん、傷や痛みを通じても開放している)

どれだけあるのか、もしくは、どれだけ残っているのかは測定できないけどね。たぶん、○○家で肉体(3次元)で捕われていた古いエネルギーも、今自動的に開放されているんでしょう。

このシャウドを読んで、”ご馳走”と言えば、以前の預言カフェのメッセージも思い出した。
→09/7/5【何も変える必要はない】-3【謎のカフェ③】


とにかく、これからは、変わるだろう。
それは、今後、ひとつひとつ実感していけると思う。
出会いも、現れることも、自分の創造で楽しめるようになれる。
自分が成長するための”お試し”はあるだろうけどっ。

今、仕事の面でも、それぞれスタッフを客観的にみるのが面白くなってきた。
私は、一ヶ月も立たないうちに、下に二人のスタッフが入って。
自分が、ようやく覚えて、時には余裕なく、教える場面も出てくるようになった。
なんせ、忙しい所だけど、ヒマなよりは自分には合っているだろうね。

”調和”と”それぞれの個性””それぞれの段階”がどう溶け合っていくのだろうか?
そえぞれの楽器があり、それがシンフォニーとなることって、どういうことなんだろう。

別に、人を変えようとかしているわけでもない。変えることは出来ないから。
でも、それぞれの個性に合わせた接し方というのはあるのだと感じる。良い悪いではなくね。
何が苦手で、何が得意なのか?何が理解できていて、何が理解できないのか?などなど、
自分も含めて、客観的に観ると面白い。

”ここ”では、みなが、同じレベルで仕事が出来ないと困るのだ。
今どきは、余裕に人員を確保できるところも限られているだろう。
なので、まだ、私も、徐々に、次の段階という感じで、教えられている。最終的には、一通りの作業を経験させられるようだ。そして、一人でも、全て把握し、全工程がわかるように。できるように。
最初なんかは、もう頭の中が一杯一杯で、パンクしそうだった。全部出来るようにやってもらうと聞いいたときは、正直、「げーっ」と思った。(笑)

私も、先輩の方には関心したけど、本当に、よく人のことを見ている。
細かいところも見逃さない。(笑)

教えていく立場の人は、本当に、”その人”を知るということなんだな。と改めて感じた。
その人の”苦手”を知ることによって、苦手を克服するキッカケもつくれる。
その人が”苦手”から逃げなければの話だけど。(笑)ここじゃ、辞めるまで、逃げられないか。

わたしは、キッカケを作ってくれたので、逃げずに敢えて自分から飛び込んで、おかげさんで出来るようになった。ありがたい。見守ってくれている時期と、ある程度出来るようになったら、それなりに責任と状況を見極めることも求められて、、、。たかが、、、、だけど、されど、、、である。

ただ”業務”を熟すだけではなく、今、いろんなことを、この”現場”で学ばせてもらっているのかもしれない。そう感じる。だから、謙虚でいたいし、ほんとうにありがたい。

失敗は、誰でもある。私も、怒られたりする。
失敗をして成長するものと頭で分かっていても、ヘコんだ時もある。(笑)
時にはネガティブな意識も感じ、受け入れては流すを繰り返し、それが”信頼”という形で見えてきたときに、面白さが見えてきた。

なんか、かすかにだけど、今までと違う意味でこの周りの”客観視”と自分、、、。が少し楽しみになってきた所だ。

ただ、人と接するのは、みな同じようには接することなんて出来ないんだよな。と改めて感じた。
相手によって、自分の接し方が変わるのは自然なんだな。それぞれが、違うから。やり方も、性格も。
(媚をうるとか、好かれようと無理にすることは、別の話。それは、今は必要ない。)

しかも、今職場、みんな個性が強い?かもね。(笑)そこそこのスペースの中で、それなりに。(笑)
でも、”心ひとつ”にして作業が流れているときは、すごく気持ちがいい。これこそ、自分の求めていた感覚と思う。
そんなときは、自然に”ありがとう”、”サンキュー”、”ナイス!”、”あいよ!”、”OK!”、”了解!”、”お願いね”、”よろしくね”、”頼むね!”とか、気持ちいい言葉が、飛び交う。

大変でも、そんな時間が心地いい。基本、”明るい職場”なので、それも何よりだ。
っていうか、”心ひとつ”にしないと、出来ない”職場”だよな。(汗)
一瞬一瞬で、何が求められてて、何が優先で、それを感じることが出来ないと、成り立たないのだ。
(忙しい時間帯は、特にね)
だから、新米のうちは、それがうまくつかめなくて、本人も周りも大変になってしまう。

”感じる”ことが求められる職場なことは確かだ。
だから、いろんな条件で、yohamが選択したのは、”ここ”だったんだろう。

*  *  *

そういえば、3月に、元だんなが、転勤先から戻ってきて(実家)双方の事情で上の娘家族が住んでいた家だけど、それから同居になり、その機会に、娘たちは、引越しの準備を少しずつ進めて来た。でも、リコの保育園の入所できるところには限りがあり、その間、アパート探し、区役所、保育園、資金のやりくりと、いろんな意味で、この時期に、不安や恐れを体験し、開放を余儀なくされていた。

とくに、これから先への不安が大きく、”保証”など、どこを探してもないのが、それが娘をさらに不安にさせた。
自分の通ってきた道なので、気持ちは痛いほどわかる。

何度となく、電話や、メールで話を聞いた。


「石ばしを叩いて渡らないのも、渡るのも自分次第だよ。」

「自分は、純粋にどうしたいか、どうなりたいか。それだけだよ。」

「自分が、後悔しないように動きなさい。」

「先の心配は、なんなの? それが、本当に起こるの?よく感じてみてごらん?」

「今、一日一日出来ることをやる。それだけ。それが、未来を作っている。きっと、何かが見えてくるさ。」

どの言葉にも、本人の自由意志を尊重できるように意識はしていたけれど、自分の体験の話をして背中を押すこともあった。ほとんどは自然に出てきた言葉だった。

「ねぇ、石橋を叩いて渡る? それとも、石橋叩いても渡らない生き方したいの?」と聞いたときは可笑しかった。

「そんな生き方は嫌だ。」と娘は、即答した。「それじゃ、お母さんと同じだね。笑」


時には、深呼吸を勧めたり(やってないかもしれないけど)、感じて手放すの話をしたり。分からないかな?と想うことも、話してみると、なにげに理解しているんだよな。ときどき、ビックリする。
そして、たとえ恐れがあっても、ちゃんと”今”を意識して。そういうところは、素直に実践してくれる。やってみようとしてくれるだけでも嬉しいい。 だからこそ、自分で実感できるのだ。

区役所も、保育園も、何もかもが、一時ハッキリしたことが見えてこないときがあった。
時には、お役所の体勢にいらだちを覚え(理解できるけど)、頭で分かっている部分と、それでも襲ってくる不安や恐怖。何度か、その恐れに負けそうになって、娘も大きく揺らいだ。それを見守ってきた。

でも、やるだけのことをやって見えてきた結果は、最初は、5月を逃すとナカナカ入園出来ないと聞いていて資金的に、無理して覚悟の上で動いていたんだけど、

保育園では、「残念ながら、、、という言い回しで、5月の入園は出来ないのだけど、6月(中旬?)になったら、1名の空きが出て、優先的に入園出来るようにするので、いかがですか?」という話が持ち上がった。ちゃんと、面接もあったんだよ。(汗)「6月、そのときは、是非きてほしいと園長先生が言ってました。」という言葉も添えて。

娘の場合は、母子家庭でもないし、産休明けでもないので、いくら早くに申し込んでも、待ちの順位が、後回しにされてしまう。でも、6月の空きは、”優先”という確約つき。願ってもみないことが起こった。

しかも、娘にとっては、本来6月に引越したかったのだ。ボーナスの時期や、リコの1さいの検診や、予防接種なども含めて、今の慣れた病院で全て済ませることが出来るから。

それを聞いたとたん、「すごいサポートだね~。」と思わず口から出ていた。

娘も「そうなのさ!!」って言ってたけど。(笑)


最終的には、全てが、望み通りの結果になって、興奮して電話をかけてきた。

それも、深い部分で、”選択”をして、やるだけのことをやって行動して、あとは委ねてることが出来たからだね~。
娘を褒めたよ。(笑)リコ連れて大変だったし。

一度決めたアパートは、キャンセルしなければならないけど、「もっと、いい物件も出てくるかも!」とおちゃめに言った。

娘のことながら、応援することしか出来なかったけれど、行政や、保育園のことに合わせると、一時は、引越しの期間にも余裕がなく、お金もカツカツ、仕事もすぐに見つかるかどうかも分からないみたいな状態でね。(汗)

で、信じてはいたけど、見事に、超えてくれた。 正直、安堵した。
あの、最強の恐れの中でも、超えてきたことが嬉しかった。辛かったと想うわ。

ま、また、どうなっていくかは分からないけど、娘も期待なしに、改めて5月中旬には、物件探しを再開するようだ。


最近は、こんな感じ。

感謝だね。


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