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2009/1/8(金)晴れ


[mixi]Arrived Energy On Earthより
(http://mixi.jp/view_community.pl?id=1730147)
The Flow – Channeled message from Archangel Gabriel
7 January 2010
Channeler: Shelley Young

http://lightworkers.org/channeling/96652/flow-channeled-message-archangel-gabriel


「流れ」-大天使ガブリエルからのチャネリング・メッセージ

流れ・・・流れとは何でしょうか?

ここ最近の会話でのとても熱いトピックです。
あなた方のような悟りを開いた人類に私たちが何を発見したかと言うと、触れてわかる瞬間があるときには喜んで流れの中へ移行しよう、という気持ちです。
悟りを開いた人々は、小康の時期(動きに欠けると感じる時)に、流れに従う能力を失います。
彼らは、小康の時期を休息、解放、エネルギーを吸収するためにデザインされた極めて重要な時として抱擁するよりも、いくつかの理由から、自身を不安の時期へと早く推し進めようとします。
彼らは、小康の時期を素晴らしい、うまく得ることができた休暇の時期と見るよりも、自身を大きな落胆の中へと早く推し進めようとします。
通常、ほんの数日の間に動きが無く、成長が無く、創造が無いことを嘆き悲しみ・・・物事がひどい状態であると感じ、落ち込み、彼らは自分の周りにスピリットを感じられず、概してそれを信じて、とても傷つきます。
これは私たちにとってコミカルで、私たちは愛を持ってあなた方がこれをグルグルしているのを見つめています・・・というのは、私たちはそれが本当は何であるかを見ることが出来るからです。

あなた方に、教室に生徒がいて、生徒たちは突然2-3日間学校がお休みであることを発見する、という推論を提供しようと思います。
生徒たちは新たに見つけた自由の期間に何をするかのプランを立てるために、喜んで教室から走り去っていきます。
私たちは今までに、怠けものと思われるかもしれないと考えたり、数日間勉強が続けられなくなることから何かが完全に間違っているに違いないと考えて、歯ぎしりをしながら教室に居残っている生徒を見たことがありません。また、もし自分たちが去ったら教室は存在しなくなるだろうと恐れる生徒も見たことがありません。
そうではなく、生徒たちはレジャー活動のための時間を今持ったことに喜び溢れています。
私たちは子供たちからたくさん学ぶことができます!

小康の期間は、ハードワークを行ったギフトとして創造されます。それらは進歩の足りなさを表わすものではありません。あなたが望むのであれば進歩と成長は続き、それはただ“シーンの後ろ側”にあるだけです。
そのような時期にはたくさんのことがあるに違いないので、小康の時期はあなた自身に優しく在る時です。それは、ハードワークの後で長い間待ち望んでいた休暇のように抱擁されるべきものです。それはあなたに“今”にフォーカスする機会を与え、何であれあなたに喜びを与えるもの ― 流れの忙しい時期の間にあなたが願った全てのもの ― をもたらします。
小康の時期の間に、人々はしばしば自分自身の新しく得た存在の状態に今はもう合わなくなった低いエネルギーを開放したり変容させます。そして新しいスキルや高次のエネルギーを統合することもあるでしょう。
時にこのプロセスは、さらなる眠りや、たくさんの量の食べ物を必要とします。
時にそれは、彼らが今はもうめったに体験しない、普通でない体や感情の症状を起こします。
しばしば彼らはこれらを体験している時に、不安の狂乱の中へと自分を送りこんでしまい、落胆、怒り、フラストレーションなど、どんな低次の感情もその見にくい頭をもたげてきます。
そして「うわあ、こんなはずはない・・これは全て済んだことだと思ったのに!何か自分が間違っているに違いない!」と言います。そしてこれらの古い感情をどうにかしようとして、それらを抑圧したり、無視することで離れようとリアクションを起こすのです。

彼らは「私は一生懸命にやったから、これは私のものであるはずがない!」と言います。それは正しく、だからそこから去ろうと試みるのです。ですが、彼らはこれをストップしようとし続け、実際には、これが小康の時期を長くし、そう在るべきはずよりももっと心地悪くします。
解放の時に、それらをパレードのように見ることを、私たちはお勧めします。
あ、見て!怒りがある!大きな落胆が流れている!そして・・・見て!ここには不安がある!etc.
それらがあなたの前を過ぎていくのを楽しげに手を振って見て、そして、それらはあなたの場所でのパレードのルートをストップさせないことに気づいてください。

自分が必要とした方法で自身を尊重しようとせず、プロセス全体に対して全力で抵抗したために、通常人々はやつれて疲れ果てており、1度小康の時期から出ると、次の流れの時期の中に自身の恐れを持ち込みます。彼らは、自分は全体的でない、または価値がないと思い、流れの中へと移行する自分の能力についてパニックし始めるのです。
ですから今私たちがみているのは、数週間前まではとてもうまく行っていたのに、今は小康も流れも、両方ともに対して不安に思っている人です。
そのような人々は問題があったらどうしようか、自分が見ることが出来なかったらどうしようか、どうやってそれを避けることが出来るだろうか、と考え始めます!
ほんの少し前に彼らはとても有能に感じていたにもかかわらず、突然、自分のスキルと能力を疑い始めるのです。何と悲しいことでしょう。
子供は予期しない休暇の前に学んだことを忘れてしまうかもしれないと心配しますか?
いいえ、子供は教室に戻ってから、休暇前の続きを始めます。

私たちは、次のことをあなた方にお話ししましょう。
流れの一番上流の水の小滴は、下流に岩があるかもしれないと考えてためらうようなことはしません。
もし岩が大きかったらどうしよう?私は、岩それぞれの右側それとも左側を行くべきだろうか?
そんなふうに考えません。
水の小滴は、流れの勢いがシンプルに必要なところへと運ぶことを知っています。
時には、水の小滴は、自分が川の横の静かな入り江にいることを発見することもあるかもしれません。
私たちは、水の小滴が入江の中にいることにパニックするのを見たことがありません。
正しい時が来たら、自然がそのコースを誘い、雨の到来が水の小滴を入江のエリアの小康から前進して流れる動きへと戻します。
私たちは、あなた方悟りを開いた人類たちがこのようなことを行うのをお勧めします!
あなた方が、小康の時期は偉大な目的に奉仕することを理解して、流れの全体として、動きと静けさの時期の両方を抱擁することをお勧めします。


-sesameさん訳

*  *  *

「ほんとだよねー、ガブリエルー!」

このメッセージを読んで、つい言葉が出た。

ガブリエルの言うように、ときとして、わたしたちは「静かな時間」「静止」
「シャットダウン」「休息」という時期に、落ち着かない感覚をもつことが
ある。

何度も経験するうちに、それが「調整の時期」「休息の時期」と認識し、
【今ここ】に意識を戻し、生活できるようになったけれど、それが例えば長い
期間にわたると、その時期を、自分の労わる時間、自分のケアにあてる代わりに
焦りが出たり、手放したものがまた出てきたりすると、落ち込んだり、いろいろ
な感情、恐れ、不安を繰り返すことがある。

「そっか、一旦手放したものが再度現れても、パレードに手を振って過ぎ去る
のを見てればいいんだ。バイバーイ。って。」
もっと、早くに、この【例え】を知りたかったよ。

それが、言葉を変えれば、いつまでも”囚われない”ということなんだろうけど。

何時ごろからだろう。ひとつのプロセスが終わって、静かな時間に入ると
次の動く時期までに、「休めるときに休んでおこう」と思えるようになったのは。

今では、「動き」が出ることを「待つ」というのをやめて、その時、、、
その【今】を有効に休息、何もしない時間や、時には映画を観にいったりと、
それはそれで”ありがたい”時間だなーと感謝で過ごせるようになった。

年末までのプロセスは、やはり”ハードワーク”だったのだろう。
ほんとうに、何もしたくない時期に入っていったから。

今は【中休み】の期間だ。


確かに、子供のころは臨時休校などなったときは、「何して遊ぼうか?」
が先で、他に何も考えていなかったのになー。

それも、大人になるにつれ、様々な経験を通して得た体験を元に「予測」
というものを働かせる「クセ」に他ならないと思う。
それも、古い古いものだねー。

客観的にみるクセがついているので、捉われることはないけれど、それでも
まだ、顔を出すときがあるよ。それは、その時の”ワーク”にもよるね。

終わったら、休息に入り、すぐに忘れて切り替えられるものもあれば、、、

今回のように、ひとつの”ハードワーク”が終わっても、その先が何も決まってない
状態で、【中休み】があると、気付くと、”リラックス”出来てないんだ。(苦笑)
気付くと、いろいろな心配をしてる自分に気付いたりする。

「アホかー」だよね。頭で分かっているのに。

上記の文章の「滝」の話のように、ただ、あとは流れに委ねるだけでいいと頭で判
っていても、「岩」があるだろうかと心配や心細さが出てきたりする。
ほんとうに、バカ馬鹿しい。と自分でも思うときがある。

そして、また、今度は「それ」を手放す。余計な作業だ。(笑)
「なぜなんだろうね。」

わたしは「心配性」なのか?それをまた受け入れて、深呼吸やら、サポート
を頼んだりして、また切り替える。

でも、気付くと、出てくる(不安など)ものは出てくる!仕方がない!

じゃ、それをいかに”笑い”に変えるか?ってことかね。(笑)
心配している自分にまた捉われず、ってことで。

「あっ、心配してるんだね。こんなこと考えてるんだー。私ってー。」と
知りつつも、流していればいいんだと思う。そのように見るよう努力は
しているよ。

もう一人の自分が、”自分”をちょっと離れたところから見てるように。

このガブリエルの例えを思い出して、【流れ】の性質に合わせて、流動的
に、たとえ”静かな時期”であっても必要な時間として、リラックスしながら
過ごせるといいねー。 ほんとうに、心から。

*  *  *


【自立~引越まで④[削ぎ落とし]】へ


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☆↓今日2010/1/8(金)のブログの始めはこちらから。
【転載】流れ-大天使ガブリエル

IMG_1899.jpg



「ずっこーーーん!!」

またしても、【崖】から突き落とされましたーー!

年末に慌しく、一件の物件にたどり着き、保障会社の審査待ちの状態で、
年を明かし、その期間というもの平穏な時間もあれば、またダメだったら、、、
という不安や多少の恐れ、、、無気力、心細さ、消えていくものもあれば、
新たに出てくるものもあり、自分の中から出てくるものは、否定も出来ず、その度に
客観的に見ながら処理をして、ときに祈ってきた。

「全て、完全に委ね切れますように、、、。」

祈りながら、自分の中に出てくるものが見えるたびに、【出てくる】ってことは、
【委ねきれてない自分を知る】ことにもなるので、その内に無力感にもなる。
なので、出てくることに対して、消えていくのを委ねるという流れになっていった。

「このままでいいのか?まだこんなにあるのに、、、。」
な、訳ないだろー!!!くらいの今日の出来事だった。(笑)

そして、その時がきた。

不動産やさんの話では、7日か8日には保障会社から連絡が来るだろう
と言う話だったので、心つもりはしていた。
もう、引越やさんや、インターネットの手配も済んでいて、気になるのは
物件が決まることよりも、どちらかにハッキリしたい。という気持ちだっ
た。
とは、言っても委ねている段階なので、全てお任せするしかなかった。
今日の昼ころになって、さすがにどうなっているのか、不動産やさんに
確認をしたい気持ちを抑え、やはり待つことにした。

でも? ちょっとダウジングしてみようー。

いつものように紙に書いた。

「連絡来ないのは、私が何か気付かないからですか?私はプロセスを遅らせて
 ますか?」

元気よく「NO!」と振る。

「プロセスは順調ですか?」

また元気に「YES!!」と振る。

「引越は、13日以降に延ばすべきですか?」

またまた元気に「NO!」と振る。

単純だから、そっかー!と、そしたら荷物作りを再開するかー。
と元気にやりだした。

すると夕方に携帯がなって、確認すると審査会社ではなく不動産やさんからの
電話だった。

「○○さん、、、やっぱりダメでした。いろいろ聞いて、他に方法がない
かとも聞いてみたのですが、、、無理なんですってー。」

なんか冷静だった。
「そうですか、、わかりました。では私も、もう一度探してみます。
 では、条件は以前と変わりませんけど、そのまま探していただいて
 いいですか?」

「わかりました。焦って気に入らないところもなんなので、地域は限定
 されてますが、探してみましょう。」

ということで、電話を切った。

その後で、

「もうどうしていいかわからないよー。(天界の)みんなー、ミカエルーーー!!」
「またかよーーーー!!!」

ってちょっと子供みたいに泣けた。携帯を開いて、チャネラーさんを探した。
でも、自分でもわかっているので、すぐに携帯を閉じた、、、。

「自分で超えろって?どう超えたらいいかも分からんじゃん!!」
とまた泣いた。

「ミカエル、言ったじゃん!お取り置きだってーー!!」

とちょっとの間はほざいていたけど、なんだか自分がすごく軽くなって
いることに気付いた。さっぱりしたのだった。大きなものが落ちた。

今度は、可笑しくなってきた。泣き止むのは早かった。(爆)

「ばんざーい!!もう完全に降参ですーーー!!!降伏しますーー!!」
「参りましたーーー!!」
「もう、私にはどうする事もできましぇーん!!!」←相変わらず。

「神さまの、お見立てどおりに従いますーー。許してくださーい!!」

そんな事を言ってる間に、このプロセスの意図がはっきりしてきた。

もう、”のだめ”のように「変態」の域に入ってるかもしれない。(笑)
その前からだった。

そっかーーー、私の中にあったもの、、、消えても出てきたもの、、
残りの【自我を削ぎ落としたんだー】っていうことに気付いた。

それが気付いたあとも、
「しっかし、そこまでやるかーーー!」
「ひどい、こんなやり方なんて、ひどすぎるーーー!」とか?
色々言ってたけど、何が腹の底から可笑しかった。って言うのは、、、

【自分のやり方】にさー。

このブログを最初から読んでいる人は分かっていることだけど、
突然、足が動かなくなって、仕事に行けなくなり退職することになった時や
エゴを落とすために、なぜか”宝くじ”を買うはめになったり、
これまでのプロセス【お金編】-1~

二年前の引越の時もそうだ。
引越、上京する前夜に全財産の入った財布を落として無一文になったり、
転居のプロセス【新天地への準備】
続:転居のプロセス【全て失う編】

これまで、考えてみれば、信念体系落とすときも、その他のときも、
削ぎ落としたときの方法は、これまでに沢山あったのだ。
【私は在る】-1-3

など、、、思い出しただけでもキリがない。2008年の10-11月頃も濃かったし。

私独自の方法があり、今さら驚くことじゃなかった。
しかし、なぜに、こんなにユニークなんだろーーー。と自分でも思う。

っていうか、ゴットセルフもだけど、ミカエルまで”役者”かよー!

昨年の最後のチャネリングでの確認の時に、そういえば、ミカエル言ってた
よなー。

あの時も、最初のマンションの激しいワークの後だった。
↓  ↓  ↓
【望む現実を創造する(まとめ①)】Ⅷ-【確認】

M:「これからも、数々の体験があると思いますが、【宇宙を信じ】【自分の
   神を信じていく】」


この【これからも、数々の体験があると思いますが、、、】ってこのことかい!!
って感じさ。この言葉に、ちょっと引っかかっていたけど、それまでも十分激しいんだし
もう、これからは、そんなに激しくないだろーなんて言うのは甘かった。←まいど。

そして、予測不可能。

二度ならまだしも、引越がらみは、これで三度目の正直だ。
それぞれに、段階はありステージは違うけど、二年前と、昨年末と、
今回と、、、。もう「引越嫌い」になりそーだ。

「ちっくしょーーー!!」と当然言ったよ。笑いながらだけど。

でもね、その後も、次々といろんな事がわかってきたんだ。

それは、確かに二年前とはステージは違うけれど、【新天地】へ向かう
時には、落とすものは落としきってからじゃなきゃ行けないんだった
っていうのを思い出した。

二年前は、以前も書いたけど、あくまでも、あの時の段階(意識のステージ)
あの時は【最終確認】だったけれど、自分の内側にあるもので見落としが残って
いてねー。【委ねきる】ということが出来なくて、最後には全財産を失うこ
とで降参し、「委ねきる」という体験をした。そして落とすものを落として、ようやく
新しい土地へ入ることが出来た。
※ だから、ちょっと不安にもなってダウジングで確認したんだけど。

そういう意味では、昨年の最後のチャネリングの時に、言っていた、、、

C:「これは、二年前の(引越)のプロセスとは似ているけれど、二年前とは
   もう全く意識が違うので、違う【体験】をした。

   何が違うか、、、「委ねるていく」というのも、今回のは、もっと
   難しくなっているんだよ。」


が、ようするに昨年の【望む現実を創造する】のまだ続きだったんだと知った。
そして何よりも、次の【新天地】に、行く前には、どうしても今回のような
【削ぎ落とし】がどうしても必要だったのだろう。

って、どこから続いているんだか。切れ目はないのかー?(汗)
とりあえず先月?→2009/12

その辺のことは、どの程度まで?とかも分かりようもないけれど。

それで【腑に落ちた】。今回は二度目なので、気付くのが早かった。

腑に落ちてからは、尚更、鼻歌まじりだった。

ayaちゃんに早速、報告した。
「ここまで、やるかー!だよ。笑」
「落とすもの、落とさなきゃ入れないんだわ。
 次のステージにも、新天地にも。二年前もそうだったしねー。」

「相変わらず、面白いね~。この先が楽しみだ。」

「どうなるんだろうね、これからが【奇跡】だよ。
 だって、引越やさんに、日にちを変更するタイムリミットは10日だよ。
 キャンセル料かかるし、NTTの工事日だってどうするんだろー。」
※ 申告している住所はもちろん変更しなきゃならないけれど、二年前も
  同じだった。

「明日にでも動くかもよ。やっぱ急いでるんだね。
 でも、やはり【聖地】なんだわ。そこは。※引越先はという意味」

「すごいもんだよね。半端じゃないよ。
 準備はされているとは思うけど、また何かあったら連絡するねー。」

と電話を切った。

ほんとに、そうかもー。と思った。【聖地】かー。
【半端】な状態では、行けないし、行きたくないし。
って、行かせてもらえん。(汗)

でも、そぎ落ちたことで、正直「ほっ」とした自分もいる。
ようやくここまで来たなら、あと少し、、、、。ホントにか~~?

現実的なことは、まだまだ@@が回るような状態なんだけどー。
本当に、どこが現れるのか。神さまのいうとおり。しかない。(汗)

だけど、何だか本当に軽くなって、感謝だ。

そして【祈り】は届けられ、【祈り】は聞き取られ、叶った。
「もう、委ねきるしか、ないんだもの~。」(笑)

しかし、何度【崖】から落とされれば、終わるんだろー。
※もちろん、自分に準備ができたときしか起こりません。

【自我】って、とっても深いもんなんだね。(汗)

落ち着いてから、再度ダウジングしてみた。

「私も、また物件探したほうがいい?」→元気に「NO」
「待ってたほうがいい?」→元気に「YES」
「引越やさんは、キャンセルする?」→元気に「NO」

したがって、一応ギリギリまで、展開を見守ることに!

すべて、準備したように進んだときこそ【奇跡】だろう。
まだまだ、自分でもあくまでも【今】のことなので、今後は、
、すぐ先のことでさえ全てわかりません。

アーメン。(汗)

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