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2009/11/26(木)晴れ

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今日のお日さま


今日は、アダマスのマスターズ・シリーズのシャウドを
読むことから始まった。

アダマスのシャウドを全文ではないけど、翻訳し公開してくれてた。
今回のは、9月のシャウド1。

青い銀河の嵐というブログの中にリンクが貼ってある。
  ↓  ↓  ↓
Adamus Masters Series Shoud1 "Every Step of the Way"

ただ、これを見るには、Google documentsの登録が必要となる。

これまでの流れから感じるに、なぜ”今”、このシャウドを読むのか。
このタイミングということで。

読んでみて感じたことは、今のプロセスを違う角度で理解をさせて
くれたように思う。シャーンブラ式に。(笑)

やっぱ、私は参加しているんだ。と感じた。

【抜粋】
私達が前進するときに、あなたにやってみてほしいのは、演ずることです。演じてください。少しクレイジーになってください。それはなにかあなたにいい事をするでしょう。他の人が何というか、心配することはやめてください。彼らは実際にあなたの違う表現を見ることで楽しむでしょう。

【抜粋】
あなたは地球上の次の段階のパイオニアになることに同意しました。新しいエネルギーを持ち込み、それがどう働くのか理解するために。それはあなたのものです。

【抜粋】
シャーンブラと呼ばれるグループに一番大事なことのひとつは、個人的な経験が入ってくるのを許すということです。そして今、私達はあなたがたに言いますが、これは何も恐れることではありません。新しいエネルギーにおいて恐れることは何もないのです。ときにそれは古いバイブレーションのエネルギーの中にあります。それは暗黒の要素を持っているからです。恐れや、あなたの歴史や、あなたの挑戦やそういう要素をもっています。ですからときにはあなたは古いエネルギーの波が自分の人生に入ってくるのを見るでしょうが、あなたは少しそれについて心配になるでしょうが・・・なぜなら、それは多くの問題を含んでいます・・・記憶や、エネルギーパターンやなどです。ですから明らかに、あなたは少しそれが入ってくると心配になります。

新しいエネルギーはそれ自身が今純粋な状態にあります。それはとてもシンプルな状態のものです。それは入ってくる準備ができています。それはあなたを、私達をもびっくりさせるでしょう。その反応と、パターンは全く違うからです。そしてその潜在能力は未知のものです。

【抜粋】
新しいエネルギーは、とてもとても強力だということです。とてもとても純粋です。それは、私は言いたいのですが、マインドを吹き飛ばします。それはマインドと共同で働けないのです。私達はそれを発見しました。マインドは古いエネルギーのツールです。

【抜粋】
新しいエネルギーはマインドと一緒に働くことは全くできません。挑戦のひとつは、あなたが自分のマインドから出るのに十分なほど自分を信じるということです。これは神聖な原則に立ち戻ることです。それは私達が何千年もミステリースクールと私達が一緒にしたワークで話してきたことです。私達は人間のマインドを越えていきます。私達は素晴らしい神聖なマインドに行きます。それは操縦方法が違うのです。

【抜粋】
ここであなたは挑戦されます。あなたがやると同意したときに、神聖なる知あるいは、神聖なるマインドと一緒にワークすることを。あなたがそれを何と呼ぼうと。それはあなたのものです。それは人間の知性の上をいきます。それはデータベースではありません。それは過去に基づいて未来をみるほど間抜けではありません。神聖なものはそんなことはしません。神聖なものはシンプルな原則を理解しています。“全ては創造において正しい。”と。

【抜粋】
神聖なマインドはとても信頼するマインドです。それは理解しています・・・トバイアスの言葉“それは問題ではない”ということを。それは守るというより、探査しようとします。そしてそれはあなたがたの何人かには挑戦的なことでしょう。人間の条件付けは防衛や、安全や、保安を探してきました。新しいエネルギーと結び付けられた神聖さは、本当にそんなことは気にしません。ですからあなたの人間性が大声で叫びだすときもあるでしょう。“私を助けて!私を守って!”と。

このような理解に至ります。何も守る必要など無いのだと。

【抜粋】
私達は、親愛なるシャーンブラ、反逆者になるでしょう。

【抜粋】
私達は反逆者になるでしょうが、実際にクリエーターです。私達は新しいエネルギーの実験者であり科学者です。私達はそれを自分の人生に統合します。私達はそれを使います。



実は、今日はやや【恐れ】がやってきた。
それは、色々な事が含んでいた。
もちろん、日にち的に、支払いの期限も明日に迫っていることもある。
でも、そういう事ではなく、これから現れることに対しても含まれている
ようにも感じる。 この恐れは、「ここから」とはひと言では言えない。

まっ、少しの時間をいろいろ深く感じてみた。
でも、結果的には、【どう超えていきたいのか?】というところで、
「助けて!」とは言いたくないし、「じたばた」もしたくない。
このまま【知っている】ことに対して、【毅然】と【スマート】に優雅に超えて
行きたい。

そんな、心中を感じながら、このシャウドを読むことになった。

そうそ、先日にブログでも書いた。【何も守るものなど無い】。
このシャウドでも、その理解に至ります。と書いてある。

そして、自己信頼は、このプロセスに入るとき、、、【マインドを超える】
までに至るには、本当に膨大な【自己信頼】が必要になるのかも。

って言うか、その前の段階でも、自己信頼は【保障なし】で、飛び込む
ということもあったけど、、、。

今日は、以前に「大いなる存在」からの言葉で、

「自分を信じるという事自体が、試練かも知れない。見えるものだけが、全てではない。」

という言葉を思い出していた。 
このときのことは→09/7/12【何も変える必要はない】-9【確認②】By aya

今日は、確かにこの言葉が少し染みたかな。「どこまで~~!」みたいな。
まっ、半端じゃないことはいつものこと。(笑)

ある程度【恐れ】を味わいつくし、自分の中で、【どう超えるか】の
「まとめ??」(笑)が見えてきて、そろそろ平和に切り替えるサポート
をしたら、いつの間にか恐れは消えていた。

そして現れたのは【神聖なマインド】のほうだった。
【神聖なマインド】は、純粋な面でね。それは自分でもわかる。
ハッキリしてるから。
そこには、どんな恐れも克服できちゃうほどの強さもあり、なんと
いうかスピリットの思いそのもの、、、とでもいうか。

スピリットに関係のないもの、、、例えば「支払いの心配」など、よう
するに”重要ではないこと”、”どうでも良いこと”そんなのをいとも
簡単に吹き飛ばしてくれる。 ほんとうに、どうでもよくなる。

不安や、恐れが消えたとき【神聖なマインド】は言う。

人によっては、私の行為はクレイジーなことに思うだろう。

「笑いたければ、笑えばいい。」
「支払いが間に合わなくても、全てが神聖な流れ。」
「目の前になにを見せられようと、この【信じる】ことは止めない。」
「どんな誘惑に負けることもない。」

ある意味、、、、、、これも【信仰】なのかも知れないと思った。
昔、、、かつて殉教した聖女などの体験の話を思い出した。
そんなのに比べたら、、、”クソ”みたいなもんなんだ。(笑)
でも、【何も恐れるもなど無い】という事を見せてくれる。


信仰、、、、大いなる働き、宇宙、サポートしてくれている光の存在や天使
、マスターたち、、、そして自己、、全てに対しての、ある意味信仰なのかも。

でも【神聖なマインド】は、今までも何度か現れては、高揚感、安心、
幸せ、充足感などを与えてきてくれていた。 自分がスカッとする。
湧き上がってくる感じに近いかも知れない。
時には、【愛】に基づいた選択を促してもくれている。
私は、そのように感じている。

【新しいエネルギー】は、これまでもプロセスの上で、幾度となく驚かされて
きたけれど、この先、またより理解していくためにも体験が必要なんだろうな。
と思う。今回の流れも、どのように【新しいエネルギー】が動くものなのか
見てみたい。

ほんとうに、アダマスの言っていることが分かるんだ。

恐れは、私を強く立たせてくれる。

そんな感じです。

*  *  *

これ、昨日引いたカード。 → OSHO禅タロット
また初めて見たカードで、嬉しかったな。


【分かち合い(シェアリング)】全カード
四番目のセンターまで上がっていくと——それはハートだが——あなたの生全体が愛の分かち合いになる。三番目のセンターは豊かな愛を創りだした。瞑想で三番目のセンターに到達することによって、あなたはまさに愛で、慈悲で満ちあふれるようになり、それを分かち合いたくなる。それが四番目のセンター——ハートで起こる。
普通の世界においてすら、愛はハートから出てくると人びとが思っているのはそのためだ。彼らにとって、それは風の便りにすぎない。聞いたことがあるだけだ。彼らは自分のハートに到達したことは一度もないのだから、ほんとうは知らないのだ。だが、瞑想する人は、最後にはハートに到達する。その人が自分の実存のセンター——第三のセンター——に到達していると、突然、自分のなかで愛と慈悲と喜びと至福と祝福の爆発が生じ、その力があまりにも強いためにハートを打ち、ハートを開かせる。ハートはあなたの七つすべてのセンターのちょうど真ん中にある ——下に三つのセンター、上に三つのセンター。あなたはまさにその真ん中にやって来たのだ。

Osho The Search: Talks on the Ten Bulls of Zen Chapter2

解説:
「火のクイーン」は豊かさに満ちあふれ、まさにクイーンそのものです。だからこそ、与えることができるのです。懐ぐあいを調べたり、後のことを考えてなにかを取っておくことなど思いもよりません。彼女は自分のまわりにある豊かさ、豊潤さ、そして光に与(あずか)れるように誰彼となく歓迎し、自分の宝を際限なく分け与えます。このカードを引いたときは、あなたもまた同じ状況―自分の愛、喜び、そして笑いを分かち合うことができる状況にあることを暗示されています。そして、分かち合うことで、自分がさらに満たされていく感じがわかるのです。どこかに行ったり、特別な努力をする必要はありません。自分のものにしたいとか、執着したりすることもなく自分の官能を楽しむことができるということ、創造性に満ちたその同じ感覚で子どもを産むことも、新しいプロジェクトを発足させたりすることもできるということがわかるのです。今、あなたのまわりのあらゆるものが「いっぺんにやって来る」ように思えるでしょう。それを楽しみ、そこにしっかりと足を下ろし、あなたのなかに、そしてあなたのまわりにある豊かさをあふれ出させましょう。

これは、今日のカード。これも初めて。

【受容性】
聴くことは、神の寺院に入るためのもっとも基本的な秘法のひとつだ。聴くことは、受け身であることを意味する。聴くことは、自分を完全に忘れてしまうことだ——。そうして初めて、あなたは聴くことができる。ある人の言うことを注意して聴いていると、自分のことを忘れる。自分のことを忘れられなかったら、けっして聴いてはいない。自意識が過剰だったら、あなたは聴いている振りをするだけだ——聴いてはいない。うなずいたり、ときには「はい」とか「いいえ」とか言うだろう——が、聴いてはいない。
聴いているときは、あなたはまさに通路、受け身、受容性、子宮になる。女性的になるのだ。そして、行き着くためには、人は女性的にならなければならない。
攻撃的な侵略者、征服者として神に到達することはできない。あなたが神に到達できるのは、ただ……あるいは、こう言ったほうがいいだろう——神があなたに到達できるのは、あなたが受け身、女性的な受け身の状態のときだけだ。あなたが陰(イン)に、受け身になったとき、扉が開かれている。そして、あなたは待つ。
聴くことは、受け身になるためのアートだ。

Osho A Sudden Clash of Thunder Chapter 5

解説:
「受容性」は女性的なものを、水と感情の受容的な質を表わします。両腕は受け取るために上へと伸ばされ、彼女自身はすっかり水の中に浸かっています。彼女には頭がありません。自分の純粋な受容性を妨げる、忙しい攻撃的な心がないのです。そして、自分がいっぱいに満たされると、絶えず自分を空にしてあふれ出させ、さらに多くを受け取ります。彼女から出ている蓮(ロ-タス) のパターン、あるいはマトリックスは、私たちが宇宙と調子が合ったときに明らかになる宇宙の完璧なハーモニーを表わします。「水のクイーン」は限界のないひと時、どのような期待も要求もなく、生がもたらすすべてのものに感謝するひと時をもたらします。義務も、利点や報酬を考えることも重要ではありません。感受性、直観、そして慈悲こそが、まさに今輝き出ている質であり、私たちひとりひとりを隔て、私たちを全体からも隔てている障害をすべて溶かしています。


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