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2007/11/12(月)雨

木と空
 木と空。

さて、今日は何書こう?

などと考えてみると、過去をさかのぼればヘビーだしな。(爆)

ちょっと、思い出せば長くなるつんで。どうしたものかと、一服する。

そうそう、「越える」の難しいランキングでもしようか。

難しいというより、あまりに根強い信念体系がゆえ、「越える」のに時
間がかかった。が正直な話かも知れない。

先ほど、「一服する」と書いたけど、そのまま私は喫煙者でもある。
この世の中、喫煙者はほんとうに肩身が狭く、男女問わず嫌がる人も多
い。
なんせ、私にとっては、第一位はこれでしょう。

私は、これまでに何度も止めた経験はある。長いときで10年間くらい
かな。一度止めれば数年はよっぽどの事がないかぎり、吸うことはなか
った。タバコは悪いものだ。と言う認識のまま。

家を出ることを決めたときに再度、吸い始めた。
基本的にお酒はあまり飲めないので、手軽だった。
その時は、信仰も捨て、何を信じていいか分からない時期だったので、
一から自分を見つめ直す必要があった。2001年。

「昔の私なら、どう感じたか」
「昔の私なら、どう行動していたか」

気心の知れている友人の前では吸えるけど、喫茶店などで、外でひとり
で吸うことは、なかなか出来なかった。
手が震えた。その理由は、省略するけど、とにかく長年の間に罪悪感が
根付いていた。

自由になっても、天真爛漫の独身時代とその頃の自分を考えたときに随
分、罪悪感も増え、「女」「母」「妻」「嫁」「信者」と言う立場で作
り上げた自分を振り返ってみると「~ねばならない」が沢山ありすぎ
るくらいあった。

これは、男女問わず、多かれ少なかれ誰にでもあることだと思う。

「何故、手が震えるのだろう」←注:決して中毒ではない(笑)
人にどう思われるか、この罪悪感はどこから来るのか。

実際、どこまでが「良いこと」でどこまで「悪いこと」なのだろうか。
そんなの、誰の基準なんだろう。自分の基準と思っていたことが、見つ
め直すと、他者からのもののほうが多いことに気付いていった。

きっと、誰も私のことなど気にはしていない。
自分の問題なのだ。と。
どうしたら、昔のような自分を取り戻せるのだろう。

「受取る」ことも練習だったけど、「罪悪感」を消すにも練習が必要だ
った。
その頃は、「深呼吸、手放す」「選択」を知らなかったしね。

だから、震えようが自分に言い聞かせながら、人前でも吸いましたよ。
(汗)
「人に、なんと言われようと、どう思われようと気にしない」と何度も
言い聞かせながら。

変だよね。こんな練習。
まだ、他にも練習はあったけど、なんせ私の第一位なんで。

その後、何も知らなかった親にも話た。
もう大人だし、気を使ってか「吸いすぎには気をつけなさい。」で済ん
だ。
もう、その時には離婚もして、散々心配をかけたあとだったから、「い
い子」もさすがに卒業していた。

ひとつ、ひとつハードルを越えていった。

新しい職場、友人、環境が変わるたびに緊張した。
隠すことだって出来たのだけど、あえて隠さないことを選択した。
それは、もう素の自分のままでいたかった。他者のイメージ、価値観に
合わす事、カッコつける必要なんてないのだと知ったから。

そう言っても、礼儀などは必要だけどね。当たり前の話。

そうする事で、みんなが、みな、私が思っている反応では無いことに気
付いていったからだ。
中には、「え~っ吸うの?」と言う人もいたけど、勇気を出して自分の
素のままでいると、殆どの人が自然に受け入れてくれた。
そして、人の言葉に動揺することも少なくなっていった。

私に、ここまで罪悪感があるということは、私にも差別があったのと同
じだった。

越えていくごとに、タバコ繋がりの良さも多くみることが出来た。
喫煙所では、上司とも、事務所では言えないことも、本音の部分を聞く
ことが出来たり、心を開いてくれることが多くあることに気付いた。

体験を積むごとに罪悪感も消えていった。

そして、タバコの世の中に考えられている「身体に悪いもの」と言うも
のにも疑問を感じていた。

昔の私のように、交感神経、副交感神経のバランスをとる事も、場合に
よっては出来る。

そして、テレビでは、100歳のおばあちゃんがインタビューで、「こ
のタバコのお陰で楽しく長生きしている」と言うコメントを見て。
信念体系だと思った。いいと思えば良いし、悪いと思えば悪い。

だからと言って、タバコ嫌いの人の前で吸うことは、私でも避ける。
そして、嫌なものは嫌で、それはそれで良いと思う。
自分に正直であれば、それでいい訳だし。
それぞれが、「個」でもあるわけだから。
私も、タバコの煙臭いのは嫌だし、アロマの香りのほうが好き。

なら、吸うなって!(笑)

ただ、自分の「想念」が相手の反応を引き寄せていることにも気付い
てきた。

罪悪感なども手放すにつれ、殆ど、言われることも、責める人もいなく
なっていることに気付いてきた。

だけど、ここまで来るにも何年かかってることか。

そう、友人には、全くタバコ吸っていても気にしてない人もいる。
その人に言わせれば、こんな事、理解できないかも知れない。

そう言えば、「神との対話」を読んでから、
換気扇の前でタバコを吸うと、私は吸っている間、リラックス&瞑想、
集中にはいるのか、声を受取り始めた。
双方向と言うわけではないけど、たまに自分が考えているとは違う答え
が左上方向から聞こえてきた。えっそうなんだ。って感じで。
無視されることも多かったけど。現在は、殆どない。

その後、タバコを罪悪感からではなく、必要性を感じなかったからやめ
た事が1、2年あった。

クリムゾンに出会うちょっと前に、これと言って大ききな出来事もなか
ったのに、ムショウに吸いたくなり(こんなの始めて)。再度、吸うこ
とになった。このことは、今でも不思議だ。

だけど、それから、タバコは、その短い時間は内側(内感)に適した時
間となっていた。インスピレーションも、殆どがこの時間が多い。
私的に、ベランダで吸う時には、意識の拡大と、内感作業にかなり有効
だった。

だからと言って、タバコを勧めませんから~。美味しいとは思ってない
の。私の場合。なんか気分なの。落ち着くというか。
でも、止める時期がきたら自分でわかると思ってるし、罪悪感からじゃ
ないってこともね。

これって、「依存」なのかな?人に言わせれば、そうかも知れないね。
私には、よくわからない。

あらら、やっぱり長くなっちゃった。二回に分けられないしね、(爆)

そうそう、タオスに行った時、ホテルの下記の場所が喫煙&内感、瞑想
の場所だった。日常も離れていたので、なお更、サイコーだった!

タバコ場  喫煙所からの景色
 ホテルの喫煙場所。   喫煙場所からの景色。

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☆ ちなみにクリムゾンサークルのシャウドQ&Aの中からタバコについての
質問を見つけたので追記(転載)します。(10/10/17)

クラリティ・シリーズ シャウド6: 質疑応答「影の自己と潜在的可能性 パート2」 
クリムゾン・サークル 2006年1月7日
【Q&A禁煙について】-抜粋
質問1: (インターネットより、リンダ読む): ハイ、トバイアス、私はハンガリーのヒルデゴーです。私は禁煙したいのですが、ダメでした。助けて下さい。どうすれば良いですか? どうもありがとう。

トバイアス: いかにも、これは少々、カウルダーにも近い話題ですから、彼には少し、下がっていてもらいましょう。まず始めに、喫煙に関しては、途方もない「おおい」があると私たちは言わざるをえません。さて、言っておかなければなりませんが、身体にとって、喫煙は最善のものではないかもしれませんが、あなたの身体は、本当に、タバコの煙やその他の、身体に取りこむものをすべて、どのように適合すればよいかを、知っているのです。「おおい」から何が生じるかというと - 実際、矛盾した「おおい」や催眠が生じているので、禁煙をしようとするスモーカーが、ジレンマに陥っているのです。さらに、ニコチンそれ自体が、おそらく、地球上にあるもののなかでも、最大限、影響力のあるものだという事実が、そこに加わります。ニコチンは、あなたが信じる、どんなものにもなり得ます - 信念体系をとても簡単に強化することができます。喫煙は悪いものだ、中毒性がある、という信念体系を強化するのに使うこともできます。ですから、それがメディアや他の人たちから、また、いわゆる科学的研究から、喫煙は中毒性があり、悪いものだとあなたに養われると、ニコチンはそれに反応します。なぜなら、それは、少なくともある部分、あなた自身が抱えている信念体系でもあるからです。ですから、あなたは、この喫煙そのものの罠に深くはまりこんでいるのです。

最善のことは、実際、禁煙しようとする時には、喫煙を始めることで、やめようとはしないことです。自分自身になぜ、やめようとするのかを聞いてみることです・・・ 悪いことだと教わったからでしょうか・・・ 活力がなくなるように思えるからでしょうか。どんな理由であれ、そこに入っていかなければなりません。禁煙しようとする時は、禁煙しようとはしないことです。入っていき、まず、理由を理解すべきです。

「シャーンブラ・サービス・センター」にやってきて、クリスタルの領域で、私たちにあなたとワークさせて下さい。喫煙を観察するのに、私たちに一緒にワークさせて下さい。あなたがいつ、始めたのか、どのように始めたのかが分かるでしょう。今では大問題に発展した、この喫煙の、ちょっとした引き金は何だったのかが、分かるでしょう。この「おおい」を手放すことができるのが分かるでしょう。私たちがその中核をなすレベルまで下りていくと、本当にやめたいのであれば、それができるのが分かるでしょう。文字通り、ただ、立ち去ることができるでしょう。皆さんの多くの方がこのことに苦労し、自分を責めているのを私たちは見ていますが、本当にそんな価値はありません。この否定的な信念を強化することでできるダメージの方が、喫煙それ自体よりも、ずっと大きいものなのです。仮にダメージというのがあれば、の話ですが。

ですから・・・ ここにはとても興味深いエネルギーがあります。つまり、片方の情報では、喫煙は悪いものであり、なかには、とんでもないものだと信じている人も、このなかにはいます。身体に取りこむもののなかでも、これ以上悪いものはない、というわけです。一方、たばこ産業自体が、喫煙を美化しており、それが本当に、とても魅力的なもので、リラックスさせてくれるものだというものがあります。それ自体が、「おおい」です。皆さんに、振り返ってほしいと思います。それほど昔のことではなく、おそらく100~150年くらい前には、タバコを吸っても、中毒にはなりませんでした。彼らは喫煙しても・・・ 先住民族の、アメリカン・インディアンや、他の先住民族たちは、長いことタバコを吸ってきましたが、そこには中毒性はありませんでした。

では、いつ、それは中毒性を持つようになったのでしょうか? いつ、その「おおい」は、それほど強力になったのでしょうか? あなたはいつ、その罠に陥ったのでしょうか? また、どうすれば自分をそこから外に出し、怖れや「おおい」に基づくものではなく、クリアーで、自由な選択ができるのでしょうか? ありがとう。

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